-542話 ハイフォン防衛線 ④-
忘れた頃に突如、地域の話をする。
これは作者である綴り手が――あれ? 今、どこら辺の話をしているのだろう――って思い始めたからだ。
例えば、本文の文化圏に焦点を当ててみよう。
カスピ海は中学生の世界地図より少し、形を変えている。
これは隕石による影響が大きい。
月にぶつかった何かが粉々に砕けて飛来した。
までは、どこかで書いておいた。
これの8割を神々の御手で焼却したが、撃ち漏らしなんてのはよくある話。
飛来した岩石は数百~十数メートルのものが多かった。
対象としては小粒かもしれないが、燃え尽きることなく地表に衝突すれば参事は免れない。
結局、文明が滅ぶきっかけにはなった。
さて、地域ごとにひどかった順としては、アフリカ大陸、次いでユーラシア北部とシベリア地域、そして中東だ。直径600メートル級の塊は、大気中に2度大きな爆発を伴い落下、200メートル未満の棒っ切れみたいな部分と、黒曜石のナイフみたいに尖った部位の多い岩石に分けれて、アラビア半島を根こそぎ抉っていった。
抉った後では、地球の断末魔の酷いことはない。
そこら中から赤いマグマを噴き出して、大騒ぎだったらしい。
なまじ中途半端に生き残った神々の末裔っていう人たちは、記録に余念がない。
もっとも、後世の人々が読める字で書いてくれないから、考古学者はいつも苦労させられる。
カスピ海は、内陸部にある世界最大の湖だった。
隕石の衝突は、前段と後段に分かれて一番大きく、重たい黒曜石の刃部分みたいな方からシリアの上空を掠めながら飛来した。
イラクのバグダッドより東側にて衝突し、鋭角かつ深く表面を抉っている。
記録によれば、そのあとは地殻変動による隆起などが影響しているようだ。
棒っ切れみたいな隕石は、アラビア半島に落ちて引っかき爪痕のようなクレーターがある。
その飛来からすこし後になって、3個目の隕石が落ちてくる。
これは予定外だったらしく“天の悪戯”と歌われていた。
いずれにせよ、あっちこっちで寄せられ、弾けて大地震なんかを繰り返して――今がある。
アラビア半島とイランの大半は、隕石の被害により海中に没してしまった。
正確には地震活動や、地殻変動も重なっていることだが、カスピ海は、ペルシャ湾とオマーン湾を併呑し、紅海ともつながって地域最大の海になった。
バクーから呼べばカスピ海だが、地中海のアレクドロスから呼べば紅海になる。
地域ごとに呼び名が違っても、海は海であるから好きに呼べばいい。
アラビア半島は、半島ではなくなって辛うじて島として残っている。
例えば、隔てる目標とすれば、紅海は別なのかもしれない。
カスピ海を挟む形で、スカイトバーク王国のバクーと、対岸のゴールスタニ王国“バンダル”とは阿片貿易で盛んだった時代がある。
阿片は魔法薬の材料では必需品だったからだ。
しかし、次第に魔法薬の原材料を冒険者たちが自らの足で探し出したり、栽培する方向へとシフトすると、両国の関係は一気に硬化してしまい現在では一切の交流すらない。
これは、国同士で交流が無いという意味だ。
民間交流は今でも細々と続けられている。
その地域のわりとまともな情報通からの話によると――北天七王国“蜀”の高地では不穏な動きがあると伝言ゲームのように口伝が流れてきた。ただし、この伝言ゲームの問題点はどこまでを真っ正直に捉えてよいのかという点だ。
南進や西進、北進という噂は在る。
もっとも西進で早速、帝国と一戦交えたという話さえある。
が、吟遊詩人はそれを歌にしない。
止められているのか、まだ起きていないのかという単純なこともベールに覆い隠されている。
しかし、バクーの冒険者ギルドの掲示板に張り出される瓦版だけは少し違う。
瓦版には『刮目せよ! その日は近い。刮目せよ! 北天は蓋を閉じたまま抜ける』と書かれてあった。
まさに予言のような文言であった――。
◆
「国境線で押し合うより、こちら側へ引き込んでこちらの土俵で戦うんだ!」
兄王自らが、回れるだけ現地に足を運んで状況の確認を行っている。
弟の血統らは、魔王軍の船で出国を果たしていた。
ハイフォン王は、最後まで自身も戦場に立ち続けると、頑強に拒んでいたが眠り薬と、木箱に詰めて無理やり船に乗せてしまったようだ。
「ラグソン市が敵の掌中に堕ちました」
「陥落した都市を無理やり取り返そうとするな。逃げる市民の背中に、鉛玉を注がれては敵わんからな! 中央市街地まで引けば、天然の要地が我らに味方する。それまでは、散発的で構わんから街道ごとに伏兵を配置して応戦するんだ!!」
国境の都市“ラグソン”が落ちると、親善の都“モンクァイ”の背後が怪しくなった。
が、この都市を落とすまでに先鋒3千を喪失し、中段の6千が投入されていた。
後詰の1万までカードを斬れば、モンクァイの背後を脅かすことが可能になる。しかし、それではそれぞれの口に配置した兵力は限界があると、公言するようなものだった。
そこで、ラグソンを陥落させた将帥は歩みを止めた。
「止まっただと?!」
麦酒を仰ぎ飲み、兄王は『地図はあるか?』と告げた。
「ここに」
部下の背中を借りて、広げるのはハイフォン王国図だ。
「モンクァイの背後を取るには絶好の機会だったが...クァムハンか、いやバクザン砦からの兵投入を察知したのか...相手にだけ、こちらの手が見えているのでは」
兄王は、何かに誘われるまま咄嗟に屋外へ飛び出している。
人の目で見えるほど、低い空を飛んでいる訳では無かったが、鳥の鳴き声を聞かない戦場が多かった。銃撃の発砲音が木霊するほど、近代的でなければ勝鬨の大声を発するような混戦もない。
今は淡々と、弓矢などによる反復射撃が多かった。
だから、自然と死傷者も少ない。
矢は家屋に突き刺さった、敵兵のを再利用している。
「余の目では見えんが、あれは居るな?!」
兄王が尋ねたのは、軍にはひとり必ず助言者として、魔法使いが遣わされている。
貸出希望は“炎の柱”まで――なんて掲示は冒険者ギルドの“おしらせ”を詠めばいい。
宮殿や貴族の相談役に抜擢される魔法使いは、中位階詠唱者以上とされる。
「私の感知力では等間隔に居るようですが、目視で3人...と、いったところです」
実のところ、かなりの数の魔法士が箒に跨って、ハイフォンの空を飛んでいた。
空の上でも、意思疎通可能なアイテムを消費して相互の関係性を密にして、不信と感じたものをすべてを“南林邑”の本陣に届けるよう命令してあった。
およそ、地上から探りを入れられたことも、報告済みの筈である。
「なるほど...見てたわけか」
「しかし、見てたからとしても?」
歩みを止めた理由にはならないと兵たちは、兄王に詰める。
「ひとつ頭が出ることを嫌ったんじゃねえか? 少なくとも、こっちも兵の少ないところを突かれて引いちまった部分がある。その隙に街が落ちちまったのは致し方ねえがなあ...このまま、好き放題させる気もねえと来れば、出てきた奴さんをあらゆる角度から攻撃する訳だろ」
「小さな村や町に繋がる街道からの横やりですか」
「ああ、まさにそれをする気満々だったからな...今から、10分位前までな」
自由に少年時代を過ごしてきた、背景がそうさせている。
鼻の頭を指先で掻く――。
「ラグソンで足が止まるってんなら、こっちは王都防衛線の準備を進めるだけだ。まあ、包囲だけは避けたいなあ...」
わりと軽く、笑い声が陣屋に響いていた。




