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ハイファンタジー・オンライン  作者: さんぜん円ねこ
ある場所、ある世界の原風景、さあ開演です
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- 帝国の獅子と、地中海の騎士王 -

「こうしちゃ居れん! 今すぐ出発だ」

 着の身、着のままでぶらぶらと、どこかに立ち寄るほどの時間的余裕がない事は承知し合っていた。それでも、かの大柄な男はなかなに、天邪鬼なところがあって、老騎士とあれやこれや話し合い、のらりくらりと躱しながらも女の尻の話をしていたのが懐かしい。

 扉を蹴り破ると、踏み荒らすような足音で老騎士の寝所トコを襲撃したのだ。

 それは、恐怖とも、別の何かに突き動かされたような感じで、ランタンの灯に浮かび上がった表情かおは、強敵モンスターでも見ているような雰囲気があった。


 宿の外では、若い剣士もたたき起こされ、エルフの娘たちの手を借りて支度の最中だ。

 ズボンを履かされ、ブーツに手が届いたところで――「それも馬車の中に放り込んでくれ!」男からの一言で、エルフ娘に代わって男衆の手で、彼は荷台へと消えた。

「どういうことだ?」

 まさに“こんな急に”という言葉が口をついて出た。

 男は、肩を少し下げて――

「隠居してて、少しいや、ぬるま湯に浸かり過ぎてたんだ」


「何を言って...」


「帝国がだ、何でこんな窮屈な状況を許してるんだと思う? いや、そもそもだ...欧州全体の政治的関係を失念してたんだ。魔を統べる何某かの王たる者が現れたら、人類存亡を賭けて戦うなんて...およそ誰もが思う理想が現実化するなんて?! 冒険者の俺たちは誰にそんな夢物語を見せられたんだと思う?」

 老騎士の掛布団がはらりと、床に落ちた。

 彼も飛び起きると、甲冑に袖を通しかけて――これらを宿の外へ放り投げている。

「すまぬが甲冑ソレも無造作でいいから、馬車の中へ!!!」

 事態が飲み込めた。


 そうだ。


 元団長の言う通りである。

 欧州は東西で睨み合っていたのだ。

 魔王が来る以前の欧州は、()()()()()()()()を発起人とする、帝国包囲網と反帝国同盟が敷かれていた。

 これは高度な経済的な圧力と、複雑な政治バランスで世界最大版図を築く帝国に喧嘩を売っている状況だった。

 冒険者は、時に傭兵としてあるいは時に、暗殺者として東奔西走していたわけだ。

 仁侠をもって人々を助ける者たちもいた。


 だが、それはごく稀になりつつあった。

 冒険者とは非公式の――どこにも属さない戦闘集団になりえた。

「では問うが、この状況を帝国が望んでいたと?」


「まとまる可能性も夢見がちな皇帝陛下なら当然、思っただろう...あの人は良いお方だ。まっすぐでお優しい。部下にも民にもその優しき御心で我々を満たしてくれるだろう」

 男は彼に惚れている。

 皇帝は民に愛されている人物だ。

「お父上よりも名君にあられるだろうな」


「ああ、ゆえに陛下の袖元にある伯爵アレが怖い。あの魔女はこの好機を逃すまい!」

 エルフに見送られながら、迷いの森と呼ばれた深い森の村を月が高いうちに出立した。

 その馬車、中欧に馬首をむけて走り出した。

 西欧諸国連合が用意した海賊は、地中海を北上して北海に出没していた。

 その船の殆どが、ジェノバ騎士国の傭兵部隊である。

 地中海のジェノバ騎士国は、国土の北部に霊峰“ミラノ公国”、“トリノ王国”に隣接する形で海に接していた。

 かつての地殻変動により、ミラノとは高低差数百メートルの関係となって、交流はなくなった。

 北西のトリノ王国もまた疎遠である。

 が、小国ながらも海をもつか否かで、体力が聊か開きがあった。

 トリノ王国は小競り合いは出来ても()()ができない体力だ。


 その均衡バランスが近年崩れた。

 包囲網ができた直後であり、魔王軍の来襲によって有耶無耶にされた――トリノは帝国に従属したという事実。

 タイミングを見ていたという話も出た。

 その時に浮上してきたのが、()()()()()という者だ。


 魔女というからには女性である。

 帝国は完全なる実力主義なので、どんな素性の者でも()()さえあるのならば、働きに見合った役職が与えられるという点で国家への帰属度が高い。ただし、完全なる能力主義は階級制度を超えるときにのみ求められるため――例えば労働者階級が人を統べる側へ回る場合にのみ、高いハードルが用意されるわけだ。

 その場所にとどまるのであれば、ほかの封建社会(構造)と大差ない。

 そして彼女は、女性という身体的ハンデを克服して騎士団を率いるまでに上り詰めた。

 帝国の魔女のもう一つの通り名は“帝国の獅子”であった。



 ランタンの灯と、月灯りを頼りに馬車は街道を抜ける。

 殺伐した気を老騎士が放つ車に近づく愚かな魔獣はいない。

「そんなに気を張り詰めるな! 馬が怯えてかなわん」

 耳をくるくる回している。

 首筋から背の辺りに汗をかいていた。

「帝国の獅子が出るだと?!」


「また、それか...後ろの若い奴のように少しは...ねて」


「寝ていられようか! そうか、獅子アレが出るとは一生の不覚」

 下唇を噛み、浅く息が鼻から出て行った。

「お前がどうこう出来る相手でもない。いや、俺も似たようなものだろう...英雄の血はもう、俺に語り掛けることもないから以前のような力は出せない。だから、だ...仮にアレの行く手を阻んでも押し返すようなことが出来るとは思えん!」


「では、なぜ!!!」


「緋色の連中に遭う。グエンであれば、或いは...ケーニヒスベルク伯の行動を封じて」

 甘い考えだということは分かっている。

 緋色のというのは、ウォルフ・スノー王国に隣接する傭兵国家“デュイエスブルク”...今は大公を自称する国の立派な国軍であるという。この大公の子息が、同名の冒険者クランを立ち上げたという話もあって、ややこしさがざっと数倍に膨れ上がっていた。

 だが、英雄の血によって縛られているのはグエンのいうドラゴンライダーの少女が隊長を務める隊だけだ。

 鋼鉄のガントレット元団長の向かうのも――そこである。

「ならば一刻も早く到着するために」

 老騎士の首筋に素早く手刀が落とされた。

 瞬間的に血管への負荷をかけて、卒倒させる舞踏家の芸当だ。

 彼を黙らせる目的と、存在を消すためだ。

「ふぅ...これで」



 風の流れる音が聞こえる。

 街道にかかるのは月の光だけだ。

 とはいえ、どこまでもが見えるとは限らない。


 単に嫌な予感だけが指先にまとわりつく感じだ。

「こんな老いぼれに暗殺者を差し向けてくれるのか?」

 優しいことをしてくれじゃないかなんて減らず口までは、彼らしさがある。

「邪魔だ」

 風に流れて声が囁かれた。

 確かに帝都から伸びている街道ではある。

 さらに西に向かうため、元来た道の2本西側を走っていた――後方から異様な空気が過ぎ去る。

 蹄の音が聞こえるが、何かが通っているような雰囲気しかない。

「...」

 首だけ左肩ごしに真横を見た。

 軍勢だ。

 軍旗に掲げられたのは“黒獅子”の意匠。

「隠居したと聞いていたが、存外元気なのではないか? なあ、鋼鉄の?」

 少女の声が耳の傍で聞こえた。

 彼の痺れる脳が声の主と知っている顔とで照応したところだ――マーガレット・イクリンガス――帝国の魔女と。

 目に見えないのは恐怖からくる自己防衛だ。

 別に魔術の類ではない。

 見たくないから見えなくていいと感じたからだが。

 相手からにはよほど滑稽に思えたのだろう。


 マーガレットという少女は、ずっと微笑みながら彼らの先を進んでいった。

 そうして動けるようになったのは、おそらくは2刻以上だろう。

 指の感覚がなく、尻の肉が痛い。

 座り過ぎだし、手綱を離さないでいるから握ったまま解けないくらい拳を固く握っていた。

「あたた...なんか首が?!」

 顔面を蒼白にした元団長がそこにあった。

 老騎士が彼の肩を揺さぶって、意識を取り戻させたところだ。

「何があったというのですか?」


「いや、何がという...いや、あったんだが何もできなかった。アレの血が無くなってから獅子が怖いと思ったよ。あんなのと対峙する戦場は...だが、うん。止めなくちゃならん!! 何としてもアレは魔を統べる者と戦わせて利益になる!」

 歯のかみ合わせが悪い?

 いや、ガチガチと音がするのは震えているからだ。

 寒いというほどではないが、これは恐怖のぶり返し。

《そうだ、マーガレットの戦場は人相手ではない! 断じてない!!!》


 ジェノバ騎士国の国境には城壁がある。

 古には一つの伝説があって、金塊に目の眩んだ翼竜が“トルトナ”を強襲した際に現れた()使()()によって一晩で築かれたのが、この城壁だという御伽噺である。

 信じることこそ、力になる時がある。

 少なくとも、騎士国の兵士たちは絶対防御の魔法城壁ランパートの加護を受けたこれに絶大の信頼を寄せていた。

 だから、かの騎士王フィリッパ1世も城壁の上にある。


 狙撃目的の矢が明後日の方角へはじかれた。

「ぬぅん、またもか?!」

 狙撃した弓兵の首が飛ぶ。

 彼の罪状は、かの騎士王の狙撃に失敗したからだ。

 理不尽だがこれが階級制度である。

「陛下、これではわが国の名だたる弓兵が...」


「居なくなるか?」


「はい...」

 諫言してきた家臣の首も飛んだ。

 彼はトリノ王国の貴族であった。

「血の匂いがするから何事かと思えば、愚か者が忠臣を袖にしているだけとくる。そんな器量でよく兵が付いてくるものだな?」

 王を見下ろすような馬にまたがる少女騎士がある。

 ただし、まっすぐ彼女の目が見れるほどの者は誰一人いない。

 誰もが強制的に()()で首を垂れさせられていた。


 この恐怖は彼女の職業によるものだ。

 魔女である前に、恐怖公テラーナイトという。

 聖騎士パラディンの対義みたいな性能だと思えばいい。

「はっ?! なぜ余が...頭を」


「それはお前が愚かな人間だからだ」

 馬上から遠方の城壁を伺う。

 ジェノバ騎士国の王がまっすぐと、自分自身を見ていることが分かる。

「...っ、面白いな」

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