-538話 反帝国同盟 ⑬-
「で、この先はどうする?」
首無しの国王夫妻という報告は受けている。
鬼人は原因の究明のために、イズーガルドの地を巡るような報告も挙げていた。
が、皇帝はその報告をアリス・カフェインから受けても、軽く聞き流していた。
その正体が、リヴィウ古城にあったからだ。
「そうですね、仮面でも付けますよ」
「ほう、舞い戻る気か?」
仮面をつけるという事は、その気があるという意志ととらえた。
リチャードは額に手のひらを当てていた。
「ええ、こうやって顔を隠せば、私だと気が付く者は居らんでしょう。ま、首無し騎士のように蘇ったと勘繰るものも結局、傍には居りませんから...」
「好きにするが良い。して、如何ほど欲しい?」
「1万、精兵でなくとも構いません」
皇帝だけでなく、供回りの騎士らも鼻で笑ったような場になる。
「お前の複製は、余の2万にケチをつけたようだが...その本人は、雑兵でも良いというのか?」
「ええ。雑兵でも今のイズーガルドなら落とすのは簡単です。少なくとも、精兵を破ったのは新王らではない! そこが重要ですからね...私の複製と戦うために兵を搔き集め、なけなしの宝物庫からまあ、アホのように無計画で杜撰な兵の雇用でもしたんでしょう」
「ああ、そういう話のようだな」
甲蛾衆の下忍たちは、王城内に“草”という看視者を雇っている。
数年や数十年という単位、或いは数世代もの間、一瞬の活躍の為に潜入工作をする者たちがある。その彼らが、王城の下働きなどに雇われていた。
その40~50人近くが暇に出されたという。
皇帝に上げる内容ではないが、口の堅いアリスを口説き落として些末な情報も吐き出させるのが、ラインベルク公の趣味でもあった。
「いろんな情報を知ってそうですね? 陛下...」
「ああ、たぶんな」
およそ、知らぬことは少ないかもしれない。
魔法の習熟も高い方である。
「それが...なるほど、そういう事か」
「はい。陛下ならば理解していただけると」
新王国は、搔き集めた兵の備えを崩しているという事だ。
王国にとって脅威だった、国王夫妻が無残な姿になって新王と対峙したからだ。少なくとも、これでもう脅威は去ったと皆が思うはずだからだ。
「だが、お前も存外、地獄耳だな?」
「いえ、暗殺は私が依頼したことですよ。まあ、方々手を尽くして貯えを散財したきらいがありますが...この機会をつくる為と思えば、安いものです」
帝国の地で約12年。
水を飲み、肉を喰らい女も抱いた、イズーガルドの皇太子は帝国人となっていた。
帝国的に思考して、帝国の男として行動する。
「ふふ、頼もしいなイズーガルド方面軍の指揮官はな」
「光栄です、陛下」
◆
北天京は、その都そのものが一つの巨大な“国”であった。
北天という大帝国は、七つの王国から成る連合国家だ。
例えば、現内モンゴル付近を“超”という東西に細長い国がある。
国内の大半が、標高3000~4000メートル級の高地となっており、毛足の長いキメラ羊いや、山羊っぽい牧羊動物で生計を立てている。兎に角、北域の要という位置づけの為、“超”の人々を他の6国が助けるのは自然という考えが浸透している。
次に、現新疆、西蔵付近は“蜀”という国が興ている。
ここもかなりの高地で山深い。
周辺が渇いているから、砂漠化もひどく深刻。
また、広大な大地が広がる代わりに、街も飛び石で点在している状態である。
耕作は、街の周辺に限られている為か、緑を目にすることは極めて珍しい環境だ。
四川地域には、“安梁”という豊かな国がある。
都は“洛邯”と呼称される大都市があった。
人口は60万人を抱えるものだ。
この国の産業は、学術であるという――つまりは、人々に知識を与える機関、施設に力を注いでいるという。
河南地域に“北天京”を抱える“黄天”がある。
天帝という王が、まさに天より舞い降りた地という伝説から興された国であるらしく、6国と比較しても、別格という状態のようだ。
“北天京”にある天子の詔勅で国の方針が決まるとされているが、実は少し意味合いが違う。
天子はあくまでも“天啓”を人々に伝える巫女というスタンスを崩していない。
で、あるから“黄天”にも別途で王という位の人がいるとされる。
七つの連合国家である北天は、七人の王による合議制で方針を定めてきた。
確かに巫女である天子の天啓=詔勅は、政事の重要な判断材料ではある。がすべてではないというストッパーが近年、全く効かなくなった。
これが、この国の暴走へとつながっていた。
まあ、暴走させているのは、超越者という冠位をもつ魔法使いたちのせいである。
「“超”より先のことだが?」
賢者が何人集まっても、答えを導き出すのが困難な事案は幾らでもある。
特に、ユーラシア大陸の北方を越える道を模索中のプロジェクトは、暗礁に乗り上げていた。大部隊をバカ正直に西へ動かすには、長大な補給線が必要になる。
現在の取りうるものは、そのバカ正直に西へ動かす単純なのに無謀な作戦しかない。
何が無謀なのかは“蜀”の西には蓋を閉じられたように、バルカル海が広がっていることだ。
その対岸には、帝国の誇る東端最大要塞バルカシュがある。
常備兵力26万の都市型である。
軍属の民が詰める中では、恐らくは最大であると言われている。
バルカル海から帝国が例年通り攻めてくることは異常なことではなく、これを撃退するのが北天の春秋の口に行われる小競り合いであった。が、その秋口よりも早く帝国に仕掛けたのが緊張の始まりという事である。
「無理っぽいなあ...」
「じゃ、目下、南進しか」
「ああ、魔王軍と戦うシナリオは無かったが」
魔法使いたちは首を横に振っていた。




