-25話 脱獄王-
一方、その頃。
お菊が襲われた場所には、数人の役人が集まっていた。
襲われてから数刻を要していて、痕跡なども無くなっている筈だったが。彼らは集まってひとりの冒険者を前に問答を行っている。それはよく言う職務質問なのだが。
「それでは埒が明かん。この死体は何だ?!」
役人たちの前には、やや半透明だが確実に死体らしい女性の横たわる姿があった。
だが、目の前の冒険者は細い目で、
「どこにある?」
と、応え提げた刀剣を抜刀したままでいる。
やや遠巻きにだが、冒険者を取り押さえんと輪になっている状態だ。
「冒険者ギルドに連絡した! もう暫くすれば応援が」
伝令のひとりが戻ってくると、口をぱくぱくさせる。
まるで水面から顔を出している鯉のようだ。
「き、貴様! よくも皆を殺したな!!!」
「お、お前は何を?!」
伝令は錯乱したのか『よくも、ヨンス! リラーっ クァンガ!!』と、友人の名を叫んでいる。
確かに今、冒険者を囲んでいる輪の中にその者たちがいる。
だが、伝令を青い表情で視る彼らは生きているし、倒れてもいない。
「どういうことだ?」
隊長らしい役人が問う。
そもそも無口だからこんな状態で囲っているのだが。
泣き崩れた伝令が凄まじい形相で、冒険者を睨んでいる。
当の冒険者の笑みが微かに見えた気がした。
刹那、伝令が抜刀して彼に襲い掛かる寸前で皆の視界から彼が消えた。まったくあっという間の出来事だが、伝令は塵芥に変わったようにも見えた。それから数刻――多くの死体の中にその冒険者は佇んでいた。
例の女の横たわる姿が木片に変わっている。
「なるほど、これが空蝉の術ってやつか」
◆
彼の空は狭い。
彼の持ち物は少ない。
今ある服は、借り物だ――いや、狩り物だ。
隣の裸で寝ている、裕福な出の坊ちゃんからくすねたものだ。
この世界は弱肉強食。
生き抜くだけでもサバイバルなのに、勝ち組だの負け組だので勝負する社会もある。
下をいっても、上を目指してもどこも勝負、勝負。生き抜くために戦ってきたが、死ぬために生きるってのも悲しいものだと哲学していると、見知った男がこっちをじっと見ている。
あ、いや男の姿をした女か。
「よう!」
彼は、その異装の女に声を掛けた。
不愛想に接しているが、腕を組んだ指がチロチロ動いている。
「あっちで」
「ああ」
異装の女に首根っこを押さえられて独房へ。
女は強引に彼の唇に吸い付き、身体を押し付けてきた。
「何で戻ってきたのよ!! この間、出たばっかしじゃない!」
怒気の中に愛情らしい何かがある。
彼もまんざらじゃなく、やや笑みを浮かべ。
「お前の為だといったら、信じるか?」
「バカじゃない、外でいつでも出来る」
そりゃそうだ。
こんな場面でしか萌えない――みたいな事を言えば、女のグーの拳が肩を襲った。
「う、おぉー あ、いい。いあ、ちょ、お前...激しいな」
独房に籠る、熱気を帯びる咽微声。
乱れる髪、弾ける汗、反り返るしなやかな肢体。
房の近くを通った看守が――『盛んなことはいいが、ほどほどにな』――と、声を掛けケモノは正気を取り戻した。
赤面する異装の女を彼は、からっと笑った。
「やべー、見つかったな」
と。
彼は、今、監獄塔という刑房にいる。
ネーム・カラーは、オレンジ。
軽犯罪だが、常連である――所属は、盗賊ギルド。変装の名人であり、またの名を脱獄王・アビゲイルを名乗る、その界隈で知らぬ者がいない変人である。
収監されることは、知の探究と周囲に話す変人。
腕は確かな怪盗であり、人を殺めることなく盗みをする変人でもある。
例え、王族の警護のような堅牢な城からでも目当ての宝を盗み取る技術は神業だった。
収監される楽しみを知る前までは。
現在、彼とMODクリエイターズの間では知的な交流が行われている。
100日の間に脱獄できるか否かを競い合っている。
世界屈指のクリエイター集団 vs 脱獄王アビゲイルの戦いはアニメにもなった人気コンテンツだ。
まあ、シャーロック・ホームズとアルセーヌ・ルパンといった雰囲気だろうか。
アビゲイルは新しい遊び場に来たといったところだ。




