-530話 反帝国同盟 ⑤-
帝国から遣わされた4人の騎士は、そのどれもが手練れといっても良い剣の達人であった。
およそ向かい合っての形式を用いた場合、それぞれの騎士と対峙して、五体満足に舞台から降りることは叶わない相手だった。
と、いうのが4人のカタログ諸元だ。
しかし、彼らは一兵卒から叩き上げで軍人になった者ではない。
国王と同じように、父母の持つ爵位の影響力で寄宿制の軍学校へ通ったエリートであった。
先の剣の達人も、その学校で習得し鍛え抜き、決闘であれば誰にも負けない自信を持っている連中であった。
ただしく戦場でのみ、己の生死を賭けて戦ってきた者たちには、その決闘様式のどこに達人がいるのかという自負がある。まあ、戦場に立って『ああ、これは死んだな』と思う場でも、生き残れる人を一兵卒たちは“軍神”とあがめるものである。
そういう類の戦士は、ある種の嗅覚が発達している。
“生死を嗅ぎ分ける”能力だ。
◆
4人の騎士の中では最弱。
だが、しかしイズーガルドの地で、その土地の戦士に後れを取るほど耄碌はしていない。
彼らにも言い分はある――全盛と比較すればやや、歳をとったな――と。
凡庸すぎるいい訳だが、彼らなりの苦しい状況を表している。
その末っこみたいな騎士の冑が飛ぶ。
ほぼ直上に飛び、王の膝元に堕ちてきた。
拾い上げたのは妃である。
冑の中には驚愕と悲痛の叫びを浮かべた、騎士の頭があった。
「あら、綺麗」
妃が微笑んでいる。
危ない微笑み方だ。
この女性は、血を見るのが好きな人だ――自らの手で肉を引き千切って、臓腑を引きずり出すのを好み、視界を真っ赤に染めることになんの躊躇もない。
サイコパスのきらいがあった。
「こら、そんな物を持つでない」
服が汚れると、王は言う。
酔っぱらいは、着地した後も歩様が千鳥にみえて危なっかしさがある。
しかし、その歩みに視線が集まると――多くの首が飛んでいた。
「男に騙されるな! これは視線誘導だ!!」
王の傍にあった帝国騎士が叫ぶ。
彼が4人の中で、長兄に値する人物だと誰もが思う。
他のふたりも彼に従って少し距離を空けた。
酔っぱらいを演じて、頼りなさそうに動く。
左へ、右へ...膝と足首をくねくね、かくかくと、左右にも上下にも揺れながら注目を浴びるのが、彼の目的だ。いつしか男の姿や形を追うのではなく、動きそのものを追っている。
いや、歩様つまりは、足元を『ほら、危ない』とか『そこ、手をつけ転ぶと...全く』なんて心配しながら見てしまっているのだ。
距離が詰まっているほど、漢に手を貸したくなり近づいてしまう。
首を斬り飛ばす腕力、いやこの場合は技術か。
酔っぱらいに手を差し伸ばす時、上半身は視線の先へ向かって大きく前のめりになる。
首も同じように前傾へと伸ばすわけだから、打ち首台の処刑とおなじく頸椎に隙間が出来ていた。
これを逃さず打ち飛ばしているに過ぎない。
「何者か?!」
「刺客に名など要らぬ」
両手に握られたブロードソードはやや短く見える。
刀身は幅広、長さがショートよりかはやや長い。
袖の長い羽織を身にまとう長髪の戦士といった具合にみえる。
「何れにせよ、簒奪者によって雇われたクチであるか!」
次男と三男のような立ち位置の騎士が、それぞれの獲物を身構えた。
次男は、長槍。
馬上で扱うものとしては戟にもちかい。
穂先の刃には、複数の奇妙な返し刃が装着されてあった。
三男の獲物は、戦槌だ。
柄の長さは馬上でも、下馬後も使えるよう工夫はされているが、どちらも剣士と相対した場合のリーチが有利の構図だった。
「簒奪者...か?」
小首を傾げて横に振る。
「知らぬ...」
短く呟くと、戦士は身体を丸く縮めた。
◆
「軍団の方はどうだ、集まったか?」
新王となったかつての三兄は、支持者に尋ねている。
農兵志願者での募集では、市民の人気に後押しされて約にして、5~6千ほどの兵は集まった。
強制では二にしても、期待よりかは少ない反応だった。
敵将の首、切り取り自由――所謂、率いる領主の手柄ではなく、兵個人の戦果として認めるという詔書が交付されてあるにも関わらず、農兵の数が振るわなかったという。
内戦を経て、漸くの統一に浮かれている同地である。
人口に余力がある訳ではないし、今再び戦争がしたいと思う者も市民には少ないという反応だ。
「余の治世が短命で終わったらどうするんだ!」
短命であったなら、それは天の定めた王国では無かっただけである。
元老院議長も彼の言動に首を振った。
老人は『我々は間違った王に従っているのだろうか』と、胸中で呟く。
「ああ、時に元老院からは余になにか...金言は無いかな?」
答えを落ち着きなく待つ、子供がそこにある。
「兵を集めるのではなく、人を差し向けては?」
「それはどういう意味だ?」
「ですから、交渉をするのです」
条件としては藩国制度の復活だ。
元国王夫妻との間で戦争をするのではなく、これを平和的に解決させる道を探るのも、為政者としての務めだと探ってみた形だ。市民の人気が高いうちに、いや冷め切らないうちに、新王の新政は、戦争の回避と外交実績を積むところで偉大な王の誕生を演出することだとした。
少なくとも、この後に疲弊した国力の回復には、何年も苦しい時期を越えなくてはならない。
その間に市民の期待値は下がる一方である。
「交渉か...アレが聞く耳を持つとは思えんな」
長兄と次兄の皇子たちは、親と対峙していても距離感こそあれ、敬う心は捨ててなかったように思える。元老院議長は、そのふたりの成長を間近で見てきたひとりである。
が、三兄の彼はすっと、ふたりの兄弟の中に入ってきた子だった。
「どうした? 余の顔に何か...あるか?」
新王の視線に殺意が見え隠れする。
「いえ、何も」