-528話 反帝国同盟 ③-
獣王兵団では綱紀粛正が行われた。
あの襲撃の際、アズラエルの死に隠れて、多くの不穏分子が処理されたのだ。
王城の守備はもともと、定番で担当している王国兵が当たってきた。
襲撃の当日も、その定番兵が主任務に当たっていたわけだ――その中で、アズラエルを長とした臨時の歩兵隊が組まれ、配置され形ばかりの守備についていたことになる。副官には“弱い方の犬”と揶揄われていた、ガルムが参加していた。
彼は、食堂で配膳中に眠気に襲われて、昏睡したということで責めを免れている。
この時、集められた歩兵隊というのが、噂の元となった不穏分子という話だ。
以前から、獣王兵団の古参である将軍や、その部下たちはエサ子が丸くなったと嘆いていた。
それだけなら問題はない。
“人に優しく当たるようになった”
“魔界の暴れん坊はどこへ消えたのだ”
なんて、公然と非難する匿名希望も出てきていた。
それもエサ子ならば問題なくスルーしてきた――自分自身に害をなすものでもないと思っていたからだ。むしろ、内に溜めるよりも発信して、発散させてしまえることは、正常な行為ではないかという考えもあった。
しかし、聞き捨てならない事態が生じる。
見て見ぬふり、いやスルーしてはいけない事象が顕在化する。
エサ子の命令を軽んじて、まったく意味を理解せずまた、無視すらする輩が増えたことだ。
それは、戦死したアズラエルも然りである。
「これだけか?」
ニーズヘッグが棺の数を前に、己の目で確かめながらひとつひとつ見分していた。
彼の一歩先をランタンで照らすのは、部下の騎士だ。
「判別できる遺体だけという事であれば――」
「なんだ、その物言いは?」
棺の蓋を少しだけ開くと、乾ききれていない生臭い血の香りが漏れ出した。
「頭か...」
「はい。丁寧に頭のみ潰して回っておりました。致死の攻撃はひと突きの一刀、達人の領域にございます...が、見立てとして」
「処理か?」
「御意」
歩兵隊の編成は作為的に感じた。
◆
怪鳥ゴーレム2体の周囲を飛竜の2匹が飛ぶ。
黒竜ゴーレムはさらに高高度にあった。
「皇女さまって大人しいね」
皇女が大人しいのではなく、一緒に連れてこられたカルラとシャーリィのふたりの少女も大人しいのだ。借りてきた猫のように、オドオドとした雰囲気で三人が固まって動かないでいる。
普段の彼女たちを知るものは少ない。
ミカエルという頼もしき保護者があるから、少々無茶な大立ち回りができる。
「緊張してるのかな?」
心配になったマルは、給湯室へひたひたと歩いていく。
怪鳥ゴーレムには、英国風の変な装備が搭載されてある。
これはマルが何かの番組で、チャレンジャーというMBTを見て、参考にしたというものだ。
本人は相当に気に入っていて“給湯室”だけでなく“簡易シャワールーム”まで設置してしまった。ただし、ひとりがシャワーを使っていると、お湯を沸かすことができないというデメリットが生じる。
この辺りは設計ミスではなく、仕様だとマルは胸を張っていた。
「茶葉は何がいいかなあ?」
紅茶の銘柄は何がいいのかとひとりで零している。
もっとも子供が飲むのだから、渋みの強いものは最初から却下である。
が、マルはそれを真剣に悩んでいた。
「あの?」
給湯室にシャーリィが顔を出した。
やや青い表情だ。
「どうしたん?」
「いえ...その。お手洗いを...」
恥ずかしそうに、左のやや下あたりに視線を落としている。
指を絡め、そわそわしていた。
「怖がらなくてもいいよ」
と、少女の手を取ると、格納庫内の反対側へ移動する。
給湯室と同じ位置に、男女2基づつが設置されてあった。
ただし、スペースの関係上、個室は向かい合わせでの設置となっており、男女が鉢合わせする可能性は十分にあった。これで互いに引き攣りながら、微笑み洗面台で再び道を譲りあうことになるわけだ。
「どうも、ありがとうございます」
少女は個室の中に消えた。
「男女鉢合わせって何か意図があるの?」
メグミさんが問うてきた。
「んにゃ、別に」
「...ふぅ」
「まあ、しいて言うと...トイレはもっと狭くてもいいかなあと」
給湯室とのバランス具合で、あのスペースになったと明かす。
マルの工作熱の中では、簡易トイレは“簡易”以上ではなかったという事になる。
◆
元国王軍は、帝国が貸与してくれた“大砲”を使った。
野戦砲と呼ばれた、短身の中口径前装式を4基用意していた。
砲弾は約9ポンド。
専用の牽引車で引くことで、戦場のあらゆる場所に展開することが可能となった、新しい大砲だった。ただ、先にも説明したように“短身砲”であるので飛距離、命中精度などは城塞備え付けの大型長砲身と、比較できないほど悪いものだった。
城塞砲の射程内に入らないと届かないというリスクを冒しても、大砲への備えが整っている城壁の前では、効果のなかった代物でもあった。
このあたりの知識を元国王夫妻には、割愛しておいてある。
「使った時の爽快感は、素晴らしいものだな!」
国王は満足げに微笑んでいる。
打ち壊した城壁には、躯がみっつ吊るされてある。
ひとつは、悲壮な表情の藩王妃。
ふたつは並んで藩王の子息らであった。




