-524話 復興、イズーガルド王国 ⑲-
「皇帝陛下は、我らに対し当初5万の兵を遣わすと、約束であったのだが?」
亡命政府だと言って転がり込んできた、国王夫妻に対して帝国は、やや過分に遇したところがある。それらを棚に上げて、とくに妃の方が文字通り下種な十数年を過ごした。
出来売ればその配慮を差し引いて現状、2万の兵力を貸与する太っ腹な帝国を讃えるべきだ。
だが、イズーガルド元国王にもその気配は微塵にも感じられなかった。
いうなれば、過分な配慮を拒絶し、自身の権力回復に努めていれば今頃は、イズーガルド王として玉座に踏ん反り返るだけでなく、およそアナトリア方面軍という重職に付く将軍だったかもしれない。
そうなれば、イズーガルドという小国家の王ではなく、帝国に列する大国の仲間入りを果たしていた可能性もあったのだ。
在任の皇帝は、イズーガルド元王とは学友でも何でもないが、僅かな望みみたいなものは思っていた。
帝国の土で育った、半ば帝国人みたいな気質めいたものがあるのではないかと。
しかし、それが単なる独りよがりの希望だったことに心底残念で仕方なかった。
これが皇帝の本音である。
また、ハイエルフのもうひとりの皇帝は『然もあらん』と零している。
ただ、約束は約束である――夫妻に付き従うよう、帝国から4人の騎士が遣わされた。
かつて長兄、次兄を屠った時に手助けをした者たちである。
元王の学友であり、友人であるが今回の立場少々違った。
《結果がどうであれ、始末は必ずつけるように》
と、言及されて4人の騎士が遣わされた。
◆
「まあ、なんか癪に障らんでもない。だけども...やっぱりこのままじゃ、ボクもこう胸のあたりがモヤモヤする」
と、マルは皆の前でジェスチャーを交えて演説している。
そのモヤモヤを表現する指の動きに、メグミさんの微笑みが重なって見えた。
マルも気になって姉の方へ視線を向ける。
すると、メグミさんは明後日の方を向く。
「――今回の作戦は、王城コンスタンティノポリスに潜入して皇女殿下を掻っ攫うことにある!」
再び、メグミさんをマルは探した。
先ほどまでにあった位置から、彼女の姿が無い。
「先行して、モテリアール卿は王城内にある。彼の手解きを受け、速やかに侵入したら皇女の身柄だけを確保するんだ! 他のことは後回しでいい。戦闘は極力避けて、一気に場外へ」
城壁を表す縦むきの手のひらを、右の手で水平から越える、ジェスチャーで行動を細部に認知させた。
「失敗は、即、小規模戦闘に繋がりいろいろと問題が生じる。エサちゃんに手を借りるのも当然、難しいしミカエル殿やメゼディエ城塞軍はすべて、敵に成ると思え?!」
質問と、今更に手を挙げる者はいない。
マルの言わんとすることも、やりたいことも知っていて頷いた。
脱落者は自力で、脱出せねばならない。
そもそも戦闘に不向きなヒーラー組は、もとから脱出に使用される飛竜、怪鳥ゴーレムで待機する形だということ。
ゴーレムの“たまねぎ”ちゃんも同様だ。
この潜入作戦には、単独でも死地から脱出ができる者で構成される。
「組み分けをする」
少しの間まで席を外していたメグミさんが戻ってきた。
「?!」
マルに手渡されたのは、待機・避難組の腕章だった。
「我儘を聞く気はないよ」
メグミさんに唇を摘ままれた。
「姫は、ゴーレムマスターですからね。ゴーレムの方をお願いします」
レッドやブルーなどのスライムナイトが、はにかみながら“後事を任す”みたいな雰囲気をつくる。いや、彼らのうち半数も待機組に入っている。
隊長格はそもそも確かに別格だ。
選出基準でさえ、英雄にちかい領域のステータス重視である。
「妹は、お姉ちゃんの言うことを聞くものだよ」
メグミさんはいつもの調子だ。
いつも過ぎて、逆に怖いくらいだ。
「で、でも...」
「ああ、面倒だなあ~ アロガンスさんにもオファーしたから大丈夫だって」
魔王軍に渡りをつける為に、彼女は一時的に離籍していた。
その話を纏めると、少数精鋭による奇襲作戦に身を投じるという訳だ。
魔王軍からは、大将軍アロガンスと最側近である暗黒騎士が数十名同行するという。
戦力としては過剰にして、最小限の特化精鋭ということになる。
その説明を受け、ようやくマルは矛をおさめる。
そして、
「待ってるからね...」
「うん」
「城外で、待ってるから」
メグミさんは頷いていた。
◆
伯爵としては、兎に角も戦力が欲しくて、方々に手紙を書きまくった。
が、反応としてはやや、最悪な当たり方を示している。
貴族連合の暴走によって、第三皇子となぜか、袂を分かつような雰囲気になっていることにも、頭を悩ませている原因のひとつだ。
もっと頭が痛いのは、王城に入っても皇子とセットでないと皇女の一存では、政務はおろか生活必需品の手配にいたる何もかもが動かない状況になっていたことだ。
確かにアナトリア半島での国土回復には、それまで七難八苦の地下抵抗で皇子の王族とは思えない働きによって、市民の当たりは僅かに少なく、好感さえ持たれている。しかも彼には、有力な軍事顧問までついている――エルザンの英雄こと、シェイハーン子爵そのひとである。
エサ子も、そこまで担がれる存在とは思ってもみなかった。
裏の事情通によると、皇子の差し金であったようだ。
が、後の祭りだ。
「まさか、本人らが出会う前に一発触発の事態へと急変しようとは」
伯爵の文はいわば、檄文であり踏み絵となっている。
これに賛同する者は、帝国の支配を受け入れて元国王一派に忠誠を誓うものである――といった内容に歪められた。
そうではないと訴えれば、訴えるだけ泥沼にはまる様なものである。
「殿下、私の力不足でございます」
伯爵は、皇太子の姿絵を前に毒入りワインを飲み干している。
死んでお詫び申し上げるという彼なりの最後の謝罪であったが、王党派には『これは三兄殿の刺客によるもので相違ない!』と、叫び喚き散らした。
とうとう、退くも難。
進むも難という状況へと追い込まれることになっていた。