-518話 復興、イズーガルド王国 ⑬-
銃士隊は、将帥の期待通りにマスケットの先に銃剣を装着させ、個々人で白兵戦へ切り替えていた。
ただし、それでも御椀型の丘を這うようにして登らないと、堡塁から弩の攻撃にさらされた。
同じ高さの丘に登ったところで、堡塁奪取には至らない。
敵の目の前、最前線で堡塁を築こうにも、ゴーレムの投石が妨害となって遅々として進まなかったほどだ。いたずらに時間が過ぎると、銅鑼の音が丘陵地帯を支配する――メゼディエ城塞軍の本陣が到着した音である。
◆
皇子ミカエルは、堡塁付近に歩兵を配置し、防衛の任に当たった工作部隊を下げさせた。
「少し時間が掛かって、申し訳ない」
ミカエルは、頭を下げる。
これに対して“水晶の脚鎧”からは、『お気遣い御無用です』と社交辞令が飛ぶ。
しかし、ちゃんと気遣ってやらないと、今にも卒倒しそうな魔法使いが数人いるような状況だ。
彼らは手持ちのマジックポーションを使い切ってしまっていた。
「後方に救護員を待機してある。そこまで歩けるようなら...」
これが気遣いである。
実は、すぐ傍までスライムヒーラーが担架を携えて待機している。
ヒーラーは、人型に外見擬装している状態だ。
「いや、それは...」
ミカエルの言葉を、甘んじて受けようとした矢先。
「だらしないなあ...男の子でしょ?」
と、メグミさんの茶々が入る。
“水晶”としても、何となく状況を察していた――化け物並みに元気な者の存在を。
戦闘中も“水晶”の連中を遠方から鼓舞していた。
よくわからないスキルの類で、過労死寸前を背中でも叩くように発破をかける声。
所謂、応援という鼓舞方法で絞り出された感覚である。
“水晶”の連中は、魔法使いでけでなく戦士や斥候、盗賊、弓使いに至るまでが、やせ我慢で立っている。彼らの希望こそ『早くベッドで寝たい』というものだった。
「女子もおるわ! この雌ゴリラがっ!!」
悪態をつくのは、水晶のクラン長だ。
スキンヘッドの色黒いおっさん風で、フライパンを片手に握る。
戦士みたいな風貌なのになぜか、後方勤務という不思議な――いや、実に勿体ないステ振りをした冒険者ともいえる。いや、実際に食材を捌くだけなのに筋力の値は、まさに戦士級なのだ。
フライパンは楯であり、鈍器だと吠えていた。
無駄に熱い。
堡塁に押し寄せる敵兵を、その鈍器で殴りつけた音は爽快だった。
メグミさんを飽きさせない点では、合格のクランだ。
だから、へばってきた彼らを応援したくなった訳だ。
「救護兵のみなさん、よろしくお願いします!」
機転を利かせた皇子の号令に、待機していたヒーラーがさっと駆け寄った。
治癒魔法の応急処置を行うヒーラーは傾向的に少女風の子が多い。
外見的な話だ。
救護天幕へ行くと、妖艶な雰囲気のお姉さんが居る。
いや、鎮座していた。
「これは、なに?」
メグミさんも、スライムヒーラーに促されて天幕へ足を運んでいた。
マルっぽいのに話しかけたところか。
「ボク、知りません」
「?」
「え、な...なんですか?」
完全に人違いである。
背丈は一緒で、くせ毛みたいな髪飾りをつけた少年だった。
じっくりと眺めて『まあ、これはこれでいい』と呟く。
少年は涙目になり『すみません。ボク、許婚がいるんです!!』と、その場からダッシュで逃げていった。
「誰を泣かしてるんだよ」
マルは、雑用に雇った少年兵を指している。
「あ、いや...妹に似た子だなあと」
「...ボク、男の子に見えるのか...」
細い目をつくる。
エサ子のように足の匂いを嗅ぐ習性は無い。
枝を握って、何かを追い回すこともない。
「いや、雰囲気ではなく見た目な...深く考えるな、お姉ちゃんが返って来たぞ」
両腕を拡げている。
さあ、この胸に飛び込んで来いという身体言語だ。
これを無下にすると、姉より怖い折檻を受ける訳なので、マルとしても飛び込まざる得ない。
姉妹の熱い抱擁――傍目から見れば『仲のいい姉妹ですね』とみられるわけだ。事実は、マルの胸中『これで愛情を確かめなくてもいいと思う』である。
◆
「戦況は?」
堡塁と同じ高さに陣を置いた本軍は、周辺を見渡している。
「敵方の主力も、こちらの本陣と時を同じくして投入された。数としては、約1万といったところか...この後に藩王が控えると考えると、やはりこのまま防戦を敷いて別働の皇子が藩都の攻略を..」
と、戦士長の言い終える前に、総大将としてのミカエルが止める。
「死霊騎士が相手で、すでに魔王軍の戦力しか期待できないとしても、人である我々が他人に戦を預けるようでは意味が無い。この国は誰の物か? この土地は誰の物か?!」
「俺たちの物だ!!」
天幕の外から、兵士たちの鼓舞が木霊する。
これは仕掛けだ。
弱音を吐くような貴族が居たら、発破をかけるつもりで仕込んでいた。
が、反応したのは一般兵だった。
ミカエルはイズーガルド人ではない。
が、彼の鼓舞は覿面に機能している。
「俺たちの物だ!!」
――の声が連呼されている。
「イズーガルド人で終わらせる。帝国によって市民に愛想をつかされたかもしれないが、最後の最後で君たち、イズーガルド人が帝国の支配を終わらせなければならない。それが、防戦のままでいいのか?!」
「俺たちの物だ!!」
天幕の外では、兵士が吠えている。
その声は、最前線で戦う魔王軍と、スライムナイトも奮い立たせる力を与えていた。