-516話 復興、イズーガルド王国 ⑪-
《我が意に従え、冥界の亡者どもよ...》
指先から落ちる血の滴が一か所に集まりだす。
意思をもったような奇妙な動きだ。
赤い斑点のように飛び散ったものが塊となって、黒い洞を形成した。
所謂、召喚魔法であるがこれは、冥界から亡霊を呼び出すものだ。
「お、お主...気でも触れたか?!」
皇帝からは、反逆には血をもって償わせるよう下命を受けた。
手段を問うことは無いとも、条件に加えられて“聖櫃”は承っている。
薬師としては“勝利”ではなく、イズーガルド人に苦痛を与えに来た訳だが、それ以前の状態になりつつある。
王が逃げ腰と判断した。
だから、彼は彼なりに直接的な行動に出る――あれらの肉を喰らえ、魂を魂魄を取り込み我が意に従いて、我の臨む敵を打ち砕け! 召喚、死霊騎士!!!――。
◆
怪鳥ゴーレムは、真下から異様な霧を見た。
その霧は、すぐさまかき消えたような雰囲気だったが、上空にあるのに寒気を感じている。
《な、なんだこれは...》
怪鳥ゴーレムには、操縦者という技師が2名乗り込んでいる。
ひとりは実際に、ゲームパッドを握りしめ、ゴーレムと会話をしながら操作している者である。
もうひとりは、喉もとに設置された索敵器を操作する専門技師だ。
操縦者は直感的に地表の異常さを感知し、技師は捜索盤に表示された“unknown”の黒点が現れたことに驚く。この黒点は、藩国兵の白い点を次々と呑み込むように増えていった。
「何か見えるか?」
捜索盤から目をそらし、操縦者へ投げかけた。
魔法具による間接的な観測の為、現象の実像を確認したかったが――操縦者は、首を横に振る――『何も見えない。いや、そもそも高度が高すぎてなあ』という、返答があった。
高度を下げて、目視で確認できる位置まで降りることも考えないわけではない。
が、その場合のリスクは軍全体に及ぶだろう。
制空権を得て、高空から敵部隊の動向を一方的に窺っていたのだから――。
「一旦、戻ろう!」
技師の判断により、藩王周辺調査を切り上げて戦場へ戻るよう求め、操縦者も頷く。
右のアナログスティックを左に倒し、視点を藩王側の陣地に向けつつ、左のアナログスティックをゆっくりと右へ傾けながら“旋回”を促す。
ゴーレムの尾羽と身体で風の抵抗を受けてゆっくり右旋回。
左下方から光が見えた気がする。
「うわっ!」
思わず声が漏れるのは、プレイヤーの性だ。
直進していたら、喉あるいは、翼を直撃したかもしれない朱槍が飛んできた。
右旋回で間一髪と、いったところだった。
「な、なんだよ! 変な声出すな」
「いや、今さ...」
口もとに拳を当て、考え込む。
この高度は、マルの改修を受けて上限高度3千メートル、ギリギリまで上がっている。
感知スキルの高い冒険者があっても、まず見えないだろうと考える。
「お前の捜索盤でも高度は出るんだよな?」
「ああ、今の旋回で数百は下がったが、それでも2千300メートルは確保できている。捜索範囲は確保できているから現状、問題は無いぞ...だが、それがどうした?」
「いや、今しがた狙撃されかかった」
「そうか...」
で、流しかけ技師は、再び捜索盤から視線を外し操縦者を見る。
「いや、大事に至らなかったが...これをマル様にご報告しよう」
◆
銃士隊を率いる騎馬の将帥は、丘陵地域“エニキュー・ヒル”に到着して目の前の暗さに首を垂れる。
「世界は広いな」
彼は、彼なりの小さな絶望に立っている。
波打つなだらかな稜線をもつ丘の中にまじって、御椀型に突き出た丘もある。
もはや、大地のおっぱいだ。
そのおっぱい風な丘の上に堡塁が組まれたわけだ。
「そりゃ、躍起になって奪いたいわけだ」
「隊長?」
銃士隊のひとりが問う。
「ああ、お前らは気にしなくていいよ。じゃ、好きに進軍して見つけ次第ね、パッパッと片付けてらっしゃいなさいな」
頼むよ――なんて、軽い調子に戻っている。
絶望なんて一時の感情だ。
聳えるおっぱいなんて、西欧戦線に比べればどうってことは無い。
《そうさ、塹壕の穴倉を這いずり回って、砲撃と銃撃の成り止まないあの地獄に比べれば、こんな人間同士の戦いなんて...全く造作もないことさね》
なんて、ぶつぶつ呟いている。
馬上にて俯き加減とは言え、目立つ標的であることには変わらない。
丘陵の一番高いところからゴーレムが見ているのだから、目立たない訳が無かった。
そして、彼は突如激しい衝撃を受けて、来た道へ向けて突き飛ばされた。
甲冑を着ているせいもある。強烈な衝撃に意識が飛びかけ、そのまま地面に叩きつけられた。
二転、三転、四転と転がって、ぐるぐると視界が回る。
漸く、動きが止まった時は、冑の中で胃袋の中身をすべてぶちまけていた頃合いだ。
甲冑内は酸っぱい匂いで汚染された。
「ぐぁああああ!!!」
冑を剥ぎとり、投げ捨てた。
転がる冑の変形具合に左目が、かっと見開かれた。
《な、なんだ...この潰れ具合は? いや、なぜ昏い...右、右が見え...》
右側の感覚がない。
将帥は、戦場の淵に立った時に感じた、少しの絶望感を今、まさに強く感じている。
彼の馬は、巨石の下敷きになって潰れている。
もがく後ろ脚は、死直後の痙攣みたいなものだ。
「な、なんだ...あの石? いや岩...か?」




