-515話 復興、イズーガルド王国 ⑩-
「メグミ殿、前方より歩兵が来ます!」
怪鳥ゴーレムによる観測結果が、ヘッドセットに響く。
マルの隊は未だ少し後ろにあるようで、報告らしい報告は上がってこない。
また、陣取っている後方で血の海となった為、吹く風の向きによっては鉄分の濃い独特の臭いに悩まされた。
「やっぱ...血って臭いキツイよね...」
メグミさんは血が苦手という訳ではない。
あれの独特な粘り気からくる生臭さが、どうも気が滅入る感覚がある。
「血を見ると興奮するっていう...」
「一緒にしないでよ、そんな変態」
レッドが、しょんぼりと肩を落としていた。
彼は血を見ると、滾るタイプであったからだ。
メグミさんと行動を共にする“グリーン”から身体言語によって『心配するな、たぶんまだ、芽があるさ...たぶんな...』と、いう応援が贈られた。
が、当の本人曰く――私が月のもので流す、あの苦しみや匂いで不快感しかないのに、血で滾るとか変態に恋する訳ないじゃん。絶対あり得ない! それが心変わりしたってんならソレ、私じゃなくて別の誰かだよきっとね――という、ダメ押しなセリフを吐いたことがある。
◆
藩国軍は陣地を構築する前に、およそ多数の兵力を“エニキュー・ヒル”に投じている。
本陣に残っているのは、王を守護する重装剣楯兵の3千、長弓兵4千、メイジ隊と長槍兵などのそれぞれが1千ずつの約1万があった。
すでに帝国精兵である銃士隊5千さえ、最前線にむけて移動している。
「ひとまずは、この辺りに陣を構えてはいかがですか?」
「左右を森に囲まれた街道でか?」
王の目は、周囲の状況をつぶさに確認している。
野営地としてみても、左右の森の最奥は見えにくく、音を殺せれば強襲の可能性さえ考えられなくはない。
王は、首を横に振り雑念を払い除ける。
「ない! それはあり得ない!!」
「この先に村は無いか?」
いや、数里まえの開拓村で最後である。
古戦場後の近くで村を開拓しようという、気の強い一般市民などいない。
しかも数百や数千年前というのであれば、分からなくもないことだがしかし、この世界の理で考慮すればやはり選択肢には上がらないだろう。
人が死ねば、魂魄が身体より剥がれ落ちる。
天国も地獄もしっかり認知された世界であるから、幽霊などの怪物をみて“非科学的!”なんて叫ぶ者もいない。現実に人の生命活動を脅かしてくる連中の傍で、村を開くことはない訳だ。
これが、古戦場ちかくに村が無いという理由だ。
しかし、藩王はより戦場から離れた村に戻って陣を張ることを躊躇った。
躊躇って当然であるが、丘陵に築城された堡塁の奪取が目的となったこの状況で、戦場から離れることも近づくことにも、奇妙な胸騒ぎを感じてならない。
前者であれば、意思疎通どころか伝令の往復だけで日が暮れる雰囲気さえある。
後者を選択すると、あたら目立つ神輿が格好のマトになる恐怖があった。
同じようにそこそこ高い丘へ、陣を張り直せばいいという話にもなるだろうが――そもそも、そんな丘に登らせてくれるのか?――と、自問自答しながら深く考え込み過ぎていた。
王の私ならばどう判断するだろうと、思い悩むにつれて胸騒ぎ程度の危機感が、恐怖となってリフレクトしてきている。
今、丘陵の攻防戦は苛烈を極めている。
先遣の5千は猛烈な反撃を受けて潰走した――無事、丘を下れたのは1千にも満たなかったという。中央の堡塁は、至近距離からのマスケット一斉射撃を行い歩兵の彼岸花が咲き乱れたという報告が飛び込んでいる。
「敵にもか?!」
将軍は、報告を受けて思わず叫んでいた。
藩王は玉座から滑り落ちている。
「射程は?! やつらの有効射程は???」
薬師は、伝令に詰め寄って彼を激しく揺さぶった。
「申し訳ありません...私は細部を...その」
「よい、下がれ」
薬師の青冷めた顔が、藩王に向けられた。
彼の行動からは『なぜ、伝令を下げたんだ!』という雰囲気があった。
「手駒のうち飛車、角の剣騎兵が壊滅した。2千でよいと判断した余の...」
急に視界が悪くなったような気分だ。
王は、目の前に虫が飛んでいるような感覚を視覚に覚えている。
「余の見誤りである。貴重な機動力をむざむざ失った――そう、彼らは魔王軍と手を組んでおったのだから十分に気を配って、いや、これも余の不徳の...」
「そんなんで済むか! この盆暗君主がっ!!」
薬師の怒号が響く。
彼自身はまだ、安全な最後方の陣の中にある。
ただし、“聖櫃”の関係者という手前、クラン長にも皇帝にも兎に角、“色よい報告”をしなければならない課題がある。
「...っ、紅玉姫があっちには居るんだ! てめぇらは、血肉を絞って死に物狂いの戦いをみせてみろ! それが帝国に魂まで売った者の在り方ってもんだろがよ!!!」
薬師は、腰の短剣を抜き放つ。
付きの従者と将軍が、呆けた面で王を守る。
短剣の切っ先で指を斬り、零れ落ちる血に彼は詩編を呟く――冥界の亡者ども、ここに集え!――。




