-514話 復興、イズーガルド王国 ⑨-
アロガンスは殺伐した戦場に立っていた。
耳を澄ますと、あちらこちらから朝靄と共に奇声が聞こえてくる。
戦場で気持ちが萎えないがための鼓舞の類だろう。
肌にヒリヒリとした高揚感を感じることができる。
「おい、アロガンス卿! そこはアシッドクラウドの中だぞ?!」
やや遠く離れたあたりから、モテリアールの装甲騎兵が駆けていった。
瞼を開き、眉間に皺を寄せ、吸い込んだ空気に噎せ返る。
「うむ、酸である」
肌がヒリヒリする程度で済んでいるは、彼の闘気のおかげである。
だが、高揚というより、痛みによる興奮状態だ――所謂、M気質の変態って話だ。
いつか前に、褌はモラルだといったことがある。
アロガンスという将軍は、所謂ギリシャ神話に出てきそうな、神像に似た雰囲気の巨漢だ。
雷帝と向かい立てば、額を突き合わせるような大男であったろう。
まあ、比較対象者は亡者の類になった。
「酸はいいですが、味方の張った罠に、自ら飛び込むのは止めてくださいよ」
単眼を細めながら、サイクロプスの一群が声を掛けている。
酸の罠は、毒蛇族らが日頃から丹精こめて調剤しているもので仕掛けていた。その仕掛けを見事、アロガンスが引き当てたことになる。
まさか天然の将軍によって仕込んだ罠を解除されるとは思ってもみなかった。
まあ、彼らとしては涙目の結果だ。
アロガンスも解除した気配はない。
もろに被害を被った――肌はヒリヒリするし、喉はやや辛子を流し込んだように、熱く腫れている雰囲気があって咳き込むことがある。
十分に軽傷ではあるが酸中毒になっていた。
「と、まあ...そういう事だ」
「ナレーションにご自分の症状を語らせないでください」
アロガンスは空を見上げながら、首を左右に振っている。
怪訝にも三白眼となったサイクロプスの一群は『戦功第一~ぃ』と叫びながら、将軍の傍を離れていった。
将軍も走り出すと、何かに足元を掬われて豪快に突っ伏している。
ピクシーらが造った、罠のひとつに見事に嵌った瞬間だ。
草をよってアーチをつくる。
これに足を取られると、前のめりに突っ伏すという訳だ。
丘陵地に自生する草を利用した、可愛らしい悪戯めいた罠であるがピクシーたちにとっては真剣で真面目なトラップだったのだが、結局、これも将軍によって破壊されてしまったことになる。
◆
モテリアール卿の装甲騎兵と、藩国軍の剣騎兵は怪鳥ゴーレムの推測通りに、起伏が激しい丘陵の谷間を利用して、勝ち合った。剣騎兵は一度東に遠ざかるように深い谷間を疾走して、城塞軍の斥候から姿を消す予備動作にはいった。
が、怪鳥ゴーレムは到達点最長高度まで上昇し、俯瞰から戦場を見渡していた。
不可解とも思われた、藩国軍の騎兵の行動も上空からでは筒抜けであった――東から更に険しく細い獣道のような草地を駆けながら、南進。鍵爪のような鋭い切り返しのターンを取ると、メグミさんの殆ど右側背に回り込んでいた。
高台の更に高い位置から、ゴーレムたちのつぶらな瞳が皿のように戦場を見渡していた。
が、流石に後方から敵兵が来るとは思ってもみなかった。
「ゴーレム! メグミ殿を守らんかぁ!!」
との怒号が響く。
剣騎兵の左側面へ突進するモテリアールの隊がある。
一度は、剣騎兵に撒かれたが、怪鳥からの報告によって戦場を反時計廻りで戻ってきたところだ。タイミングとしてもややギリにちかく、先頭の数騎が丘を駆け上がってしまっていた。
しかし、ゴーレムが身を盾にして剣の一閃から彼女を守り通している。
「お爺ちゃん! ありがとう」
メグミさんの声だ。
モテリアールは普段から、メグミさんから“お爺ちゃん”と呼ばれている。
年頃の垢ぬけた、コック見習いの女騎士キャスのお父さんであるが、彼女とモテリアールを並べても“お爺ちゃんと孫娘”という対比にしか見えないほど、老けている騎士である。
逆にマルは、卿のことを名で呼んでいる。
《...ま、いつも元気な小娘だ...》
“お爺ちゃん”と言われても、不思議と腹は立たない。
むしろ、メグミさんと愛娘キャスも大して変わらない頃合いなので、彼の中では歳をとった後に出来た娘という雰囲気で見守る側面があった。
ただし、主従という線はちゃんと刻んで弁えている。
「手ごたえはあった!」
振り返ると、他の騎士たちも口角が上がっているように見えた。
剣騎兵の馬は、鎧などの類を身に着けてい居ないから、装甲騎兵の重たい突進に撃ち負けて、前足から崩れる者、進む方向を無理やり変えさせられた者、背に跨る騎士を轡に引っ掛けながら引きずる馬などが続出している。
馬上の騎士たちも、騎兵らが付きだした円錐形の馬上槍に突き崩されて、ことごとく落馬していた。
突き飛ばされていた兵士らはやや悲惨である。
装甲騎兵の突撃は、自転車レースの一群にトラックが突っ込むようなものであるから、槍の穂先にどこかの部位が刺さっているという状態もあった。
または、単に落馬しただけで地面に叩きつけられた跡、興奮した馬に踏みつけられてぐちゃぐちゃになっている者もある。
「追撃...」
「せんでも今の邂逅で十分じゃろ」
踵を返すよう時計回りに、馬首を侵入した方角へ向けると肉塊飛び散る草地があった。
倒れた馬の下敷きとなった騎士、腕や足だけで済んだ兵士の声が枯れ、噎せ返りながら泣く戦場があった。




