-513話 復興、イズーガルド王国 ⑧-
帝国の研究施設のひとつが、サラトフ公国・リポフ伯領に建設されたいた。
その施設に“雷帝エルネスト”の遺体が運び込まれている。
「これが新しい被験者ですか?」
白衣の研究員のような者が荷馬車の中を覗き込んでいる。
不思議と腐臭を感じない遺体を一瞥しながら、彼は何度か納得したように首を縦に上下させていた。
「あ、あの...」
付き従っているのは、“貝紫色”のクラン員らである。
荷馬車にあった御者は彼らに、英雄の復活を暗に仄めかしていた。
いや、少なくともそれに近いニュアンスの言葉を口にしていた。
「えっと?」
研究員の下には、“被験体が届くから受領せよ”という命令書しか届いていない。
こんな生ゴミが一緒に来るという報告は一切なかった。
「クラン長は、蘇生されるのでしょうか?」
「クラン長?」
話が通じる相手とは思えない。
クランの冒険者も、どう言葉を紡げばいいかに苦戦したていた。
「“貝紫色の丸楯”の皆さんでしたか? 御足労痛みります。当研究所の所長をしております...サルマン伯ネストと申します」
と、やや荷馬車から離れたところから、声を掛けてきた男がある。
白衣の研究員も声の主へ視線を向けたが、首を垂れると何処かへ走り去っていった。
「いやあ、何かご無礼なことは在りませんでしたか?」
物腰は柔らかい。
話をしていると、旧来の友のような雰囲気さえ芽生えそうな感覚がある。
だが、それだけに冒険者としての直感が、鳥肌となって帰ってくる――危険だと。
「当研究所では、死者蘇生技術の探求を目的とした研究機関となりますが、雷帝エルネスト様を蘇生させるには、今の魔法だけでは...恐らく無理であろうと、皇帝陛下より言伝を受けまして」
サルマン伯ネストと名乗った男は、腰まで伸びる美しい黒髪を持つ優男だ。
瞼は閉じたままで、まっすぐ“貝紫色”のメンバーの下へ歩いてきた。
単に糸目なのか、コウモリのようなソナー感覚でもあるのかという正確さだ。
「クラン長を預けて大丈夫ですか?」
「それを確約する数値は、絶対ではありません。たとえ100%だと確約しても、自然界では100がありませんから、限りなく100に近い数字で表現されつつも、どこかで意にそぐわない結果になるものです。それは、ご存じのようですね?」
伯に諭されると、納得がいかなくても納得してしまっている。
クラン長は既に死人であるし、既に蘇生魔法の期限切れでもある――肉体が腐らずに、寝ているような状態を保っているのかは、不思議でしかないものの彼らも分かっている。
帝国が“被験体”と呼んでいる意味と目的をだ。
後は、彼が生き返ることに望みを賭けるだけであると。
「では、皆さんには別室でお待ちください」
伯の微笑みが、一段と怖さを増したような気がした。
◆
アロガンスと共に、モテリアール卿も動いている。
上空には怪鳥ゴーレムがあった。
「ふむ、これで不意打ちも未然に防げるか」
アロガンスは、はにかむ。
飛竜ゴーレムは、補給物資の運搬事業のままだ。
結局は、軍が動くたびに大量の物資も一緒に動くので、兵力の少ない城塞軍は兵站においても、マルのゴーレム無しでは戦線の維持さえ難しいありさまだった。
こんな大量輸送、安全な空路輸送に慣れてしまったら今後、通常の兵站構築なんて出来なくなるかもしれない。
そういう不安を心配しない連中ばかりが城塞軍であった。
「斥候では、戦端は開かれたとの由」
モテリアールが、アロガンスの馬に横付けしてきた。
第一席の魔物たちは、裸褌で奔っている。
アロガンスを載せる馬は涙目で奔っていた。
背には野性的な強さを誇る変態が座しているし、後方からは“肉、肉ぅ~”と変な声が聞こえてくる。耳をくるくる回しながら、青い表情で懸命に追いつかれまいと走っている。
「しかし、もう少し速度を落とされよ...アロガンス卿」
と、全力疾走にちかい速さに、モテリアールも音を上げている。
「いや、俺がそうしている訳ではない。馬が勝手にだな」
“制御しろよ”と、いうのが周りの胸中の声だ。
◆
作りかけの堡塁にたどり着いた時には、ゴーレムが6体に増えていた。
ゴーレム間で、“メグミさんを守れ”なんて命令が飛んだようだ――彼女の背後に迫っていた、斥候兵の一群を蹴散らして合流を果たしている。
「サンキュー!」
彼女が拳を掲げると、ゴーレムは親指を差し向けて合わせている。
何となく意思疎通が出来ている雰囲気だ。
「姐さんも、ゴーレムと話せるんですか!?」
「いあ、何となくで言葉なんて発してるの?」
「...あ、それは俺らにも...」
スライムは首を傾げた。
堡塁は、丘の頂上を掘って出た、土砂を袋に詰めて成形している。
土嚢防塁だ。
これに、魔法の盾という魔法を施して強度を一時的に高めていた。
魔法攻撃から属性に影響せず、約30%近くの耐性を強化できるが、逆に物理攻撃からは土嚢防塁としての強度しかない。これを打開するために、マルによる魔法城壁が必要になる訳だ。
より、高位のレベルに昇華できれば、物理攻撃を90%耐える強度を得る。
かつてゲーム世界では、魔法城壁の掛けるタイミングで勝敗が決したクラン戦があった。
最上位級の習熟者も、トップランクのクランでは、当たり前のようにあったものだ。
が、彼女の周りにそういう人が少なかっただけである。
「じゃ、“たまねぎ”ちゃんらは、周りを見て守ってね! グリーンらは私と堡塁作るよ!!」
彼女は、人使いが荒かった。




