-23話 安全圏-
「やつの姿は見たか?」
「いや、この路地ではないらしい... もう少し先を探してみよう」
踵をかえして、声は来た道を戻っていく。
路地の影から、肩口を抉られた人影がぬうっと出ると、声とは反対に暗がりの奥へ同化していった。
◆
マルは、ベックとルーカスに連れられ、いつもの“はじまりの街”から遠く。
隣国のランペルーク王国へ足を伸ばしていた。
実は、長らく放置していたメインストーリの消化である。今後、近いうちに大型アップデートが実装されるという噂の為に、いつ追加されても構わないように消化できる項目は、消化しようということになった。アタック2、タンク1のパーティを常駐化し、ヒーラーは流動的に手の空いているクラン員が都度、助っ人ですっ飛んでくるスタイルを用いた。
これならば、現地やそのほかの検索でヒーラーだけを募集する必要はない。
また、強行突破するにしても、3人の力技なら無理やりでもなんとかなりそうな雰囲気はあった。
ただし、その場合は相当の痛手をこうむる事にはなりそうだが。
さて、メインストーリーで舞台となっている“ランペルーク王国”は、スカイトバークの西よりに建国された420年の歴史をもっている国だ。かつては女系王制によって200年続き、事変によって男系王制で220年の時を刻んできた。
現在、即位している国王は齢77歳という歳のいった王だ。
が、かつては武を誇った冒険者でもある。
皇太子時代の話だが。
その国では今、小さな火種を感じることが出来る。
――そもそも、メインストーリーの流れは、いきなり魔王軍と戦いをさせるようなことは無く、世直し行脚のような各地・各国の事情を治めながら、その裏に潜む者として“魔王軍”の存在をちらつかせている。選択によっては、冒険者がアウトサイドに落ちていける懐の深さまであった。
おそらく、今後、実装予定の魔物種によるプレイアブル・キャラクターが魔王軍にすんなり参加出来る様、前もって導入していたのだろうと予測されている。
“ザボンの騎士”はPKKを生業にしているけど、基本は光の衛兵という称号を得た対魔王側の勢力にある。マルにとっては、ちょっと複雑な心境だが元の世界にいた仲間たちではないし、時々、目が合っただけで怖い顔して襲ってくる連中なので親近感さえ沸かない。
野生のスライムは、悪いスライムじゃないからいい。
でも、スカイトバークより外に出た地域のスライムたちは気が触れでもしたのか、気性が荒いのか、マルを見ただけで好戦的に攻撃してくるのだ。しかも、郷の守衛をしてた粘体騎士まで彼女を襲ってきた。
ベックらの居ない所で粘体騎士と遭遇し――
「貴様! 主人も分からぬか?!」
「私に歯向かって、タダで済むとおもうてか」
なんて振り下ろす剣をダガーで回避していたが、埒が明かないので撃退してしまった。
砕け散るポリゴンを見下ろしながら、
「なんて空しい」
とか、ひとりごちってた。
結果的には、迷子を捜していたベックらと合流し、その場で『勝手に歩いていったら駄目だろう! 怖い人が多いんだ。もっと周りを見なさい』と怒られてしまった。
「この近くの魔物は、強暴だからテイマーのスキルが高くないと騎獣化できないぞ」
なんて情報を得る。
いや、スライムナイトなんて何処に乗るんだろう?ってマルは思うのだが。
そもそも郷の騎士は非常に高い知能をもっていた。
魔法だって覚えてるし、高い剣術だって修めてた。いや、もっとすれば集団戦闘術や兵法にだって明るくて、他の将軍たちだって認めるほどの実力があった。
でも、この世界の騎士は弱そうだ、色んなとこが――なんて丸が考えていたかは不明だが。
その夜、宿屋のバルコニーに猫ほどに丸くなった大きな影があった。
見ると、相当な出血量だし、脱出しそうな雰囲気もある。
このまま見捨てると、コレは次に目を覚ますのは教会だろう。場所までは分からないけど、どこかの国のポータルで繋がった教会の冷たい石の上で目が覚める。
持ち物や装備品の類をマルの目の前に残してだ。
拾い物なのでその後、それを売っても悪い事ではないけど、返却すると“いいこと”がある。
秩序属性にプラスされて徳を積むことができる。
それ以降のいいことはない。
マルは恐らく、元の世界では絶対にしないことをする子になっていた。
蹲る黒いモノにポーションを差し出している。
「先ずは、これで命の灯を繋いで」
ポーションは段階的に色分けされている。
品質の良くない、消費期限の近いものは無色透明なので青い瓶に入っている。それよりかは保存が可能でやや効果が高く価値のあるものは、青色でフレッシュな味わいがして緑色の瓶に詰めてある。より上質なのは赤だ。
血のように真っ赤で血の味がする。
まんま何かの血で出来ている。
噂では、ドラゴンの血なのでは?という話だが、そもそもかなりの蒐集家でもなければ高価すぎて購入できない。いや、効能などはおいといても、ヒールで十分と言う感じだろうか。
で、この蹲っているのに与えたのは、最初の無色透明の方だ。
これで効き目があればヒールをかければ問題はない。
が、彼の生命力は殆ど回復しなかった。
「す、すまない...ここは」
「宿屋で私の部屋...安全だと思うんだけど」
マルは部屋の奥を見る。
蹲る黒い影はうごかなくった。