-501話 イズーガルドの反撃 ㊻-
「食事はポーションでよいのです」
マスケティアーズを率いる将帥は、彼ら5千人の兵を紹介している。
食事はポーション――安上りなのか、割高なのかやや微妙だ。
回復水溶剤は、聖なる遺物を清らかな水に浸すことでつくる“聖水”つくりから始まる。
いわゆる原材料が、教会任せなところがある。
もっとも、ここで材料費の高騰がおきている。
他では、女神像から染み出る水を使う、民間伝承的な方法もある。
いささか憚れるのは取水口とその方法の姿勢が――だ。
取水口は、女神像のしゃがみこんでいるもの。
なぜ、そのスジから染み出ているのか不明なこと。
傍目からは、女神の聖水を浴びに行っているように見えることだ。が、これが一番、お金のかからない方法である。では効能は如何ほどかという疑問がうかぶことだろう。
これは民間伝承の方に軍配が上がる。
不思議な話だが、同じ聖水なのに聖女像の方に僅かながら、魔力の根源を感じられるというものだ。これらの差異を調査した魔法使いは、ある一つの仮説を立てている――聖女像の原材料が、実は聖遺物なのではないのかという事だ。
魔力を帯びる水も、地脈と呼ばれるエネルギーの通り道から噴出しているという。
これらが相乗して、教会のよりも純度の高い聖水がくみ取れるのだという。
ただし、取水制限がある。
夜はまったく染み出てこないのである。
昼間でも、出ている時と止まっている時とで差がある。
少し肌寒くなるころ、女神像から漏れ出るのだという。
観察のために神父が水質調査をしていると、女神像からねとっりとした水が染み出たという。
そんな噂もある。
「まあ、あくまでも噂だ」
女神像を見下ろすバルコニーから、ふたりの男があった。
ひとりは、薬師として帝国から招かれた者で、賢者の弟子だといった。
恐らくは“聖櫃”と何らかの関係があるのだろう。
彼に女神像を解説しているのは、この町の騎士のひとりだ。
今見下ろしている、女神像に神殿を与えその守護を命じられた神殿騎士というのが彼の職だ。
「しかしながら、なぜ岩場の窪地に...腰を下ろしたまま、気恥ずかしそうに明後日の方を口を尖らせて――その、致している姿の像が多いのでしょうか?」
エルザン王国での女神像は、立ちながら半歩、肩幅に足を開いてスジの左側を三本の指で引っ張るように粗相をする雰囲気のものが多い。その像の女神は、右手のひらで顔を覆う仕草が多かった。
また、左ひざをついて、崖にもたれ掛かる女神像のは堪え切れずにという雰囲気に見える。
伸ばした右足首へ向かって聖水が流れていくものである。
確かに薬師の疑問を素直に考えれば不思議な話だ。
「取水で得られる量は如何ほどですか?」
不定期ながらも、常に桶を用意して聖水採取を続けてきた努力により、ストックされている聖水の量は、イズーガルドのポーション消費量の3年は持たせることが出来る。この地域の聖水は、少し飴色をしている評判で、香りもあるという。
まあ、そんな匂い付きで美味いのかどうかは別の話だろう。
「なるほど、彼らの食事もこれで安心だな」
納得する薬師を遠巻きから見つめる視線がある。
薬師も何気に振り返るも、背後と言えば女神像しかない。
「どうかしたか?」
「いや、何者かの気配を感じたのだが」
「いや、まあ。ここはそういう説明のつかない現象の多い神殿だ。気だけは触れんでくれよ」
と、騎士の微笑みが癒しとなる。
彼は、外見であれば30代後半のイケメンであった。
◆
「女神像のこのスジから、ねっとりとした高純度の聖水が採取できるんだって」
病み上がりのマルは、教会のレプリカを前にして、台座と神像の間に潜り込んでいる。
このレプリカはエディル市にある、神殿の女神像をモデルとしていた。
女神像だけは、起源が古い。
橋頭保とした砦の敷地内から見つかった教会に設置されてあった。
「ふーん、私はそんな石っころよりも、マルちゃんの桜貝の方が気になるし...」
と、メグミさんは、マルの太腿の間に顔を埋めていた。
マルを完治させるために聖水を求めている。
いや、そういう情報をもとめていたと置換できる。
仰向けのマルの両足をメグミさんは肩に担ぐように支え、股の間に己を置いている。
目の前には、腰紐のインナーが見える。
「しろーい!」
「この世界の女神像ってだいたいが、こんな感じにしゃがみ込んで、腰を浮かせてるんだよね」
彫刻家たちの趣味なのか、そういう教会関係者による依頼いや、そもそも女神と聖水の伝説ってなんなのだろうと、マルは思いにふけっている。
「でも、このアングル...つくづく雰囲気が、エサちゃんとこの槍使いさんだよなあ」
「って?」
マルの腰紐に手を掛け指を止めると、メグミさんは不意に空を仰いでいる。
女神像は、左腕で顔を覆っている仕草に既視感を感じた。
「右の手も何かを掴んでいるように、指を閉じかけているし。仮にこれに槍を持たせて...っんふ、薄衣を着させた聖女コスプレの彼女にそっくりだよね」
マルも吹き出しながら嗤った。
レプリカのスジから、ねっとりとした魔力が染み出てくる。
「うわっ」
「マルちゃん!!」
「聖水出てきた?!」
後日、それはノラ・スライムと判明し、女神像の前で杯をもっていた兵たちは憤慨している。
これは、戦争中の些細な出来事のひとつである。




