-500話 イズーガルドの反撃 ㊺-
エディル藩国の境に、帝国兵が現れた。
彼らの要求は“廃棄した英雄”を受け取ることだ。
英雄とは、墓に入れるか燃やすかで迷っていた“雷帝エルネスト”の亡骸である。
教会の地下墓所に一時的であるが、保管している状態を帝国は知っていたことになる。
「彼らにとって重要な人物だったのでしょうか?」
藩国の大臣や貴族たちの狼狽が悪目立ちしている。
藩王としては、これも気に入らない。
「今からでも遅くは...」
「いや、四肢が腐っていないのは驚きですが...それでも、蘇生にはもう肉体が持ち堪えますまい。いかなる腕の良い神聖術を使いこなせる賢者があっても、無理は無理でしょうな」
教会を管轄する大臣が持ち上がった意見を切り捨てた。
もっとも、藩王が拗ねて許可しないだろう。
荷馬車で運ばれていく“エルネスト”に付き従うクラン員。
藩国に残っていた最後の冒険者でもある。
エディル市にあった冒険者ギルドは、従業員総出で盛大に見送っていた。
「行っちゃったね」
受付嬢の言葉に寂しさが乗る。
食堂の親父さんも、もの悲しみのある雰囲気を背中で表現する。
「よし、荷造りだ!」
親父さんがソーセージみたいな、太い人差し指を西に向けている。
中央の本庁より、『エディルの支部に通達する! 直ちに家財をまとめて隣国の(帝国)衛星国へ避難せよ』という命令書が届けられた。
戦争、こと市街戦でギルドが襲われることなど前代未聞だった。
それが、アナトリア半島側で頻発している。
確かに自衛目的で戦力なり、兵力とする傭兵を多く雇用している。
これが例えば、軍隊なのか民兵なのか区別がつかないと、攻撃の対象にされるのは仕方のないことだ。侵攻側にしてみれば、抵抗するから反撃したに過ぎないわけだ。
どっちが卵でニワトリかの論争にちかい。
「大きな荷物は?」
受付嬢の他に給仕のメイドや事務員なども、食堂の親父さんを直視している。
彼は、支部長でもあるのだ。
そして、昔は冒険者だった。
「家財はしかたねえ、金庫の金と亡くしちゃならねえ名簿、あと...書類だけにして、てめえらの私物、残したくねえもんを荷馬車にあるスペースに積んでいくんだ!!」
女の子の多い職場だから、制服はもちろんの事、私物の方もわりと多いはずだ。
藩国にギルドが開かれたのは、10年前くらいになる。
事務員と受付嬢と含めて5人からスタートしたエディル支部。
11年目で22名の従業員を抱えるまで成長した。
増設しながら大きくなった支部を親父は見上げている。
「はぁあ」
溜息しか出ない。
「おやっさん」
傭兵が声を掛けてきた。
振り返ると、雇った50人がいる。
「俺たちはお役御免ってやつか?」
「いや、隣国まで何があるか分からんから、指定された都市までの護衛を頼む予定だ。無茶ぶりだと思ったら遠慮なく言ってくれ...できれば再契約で、契約金の上積みも検討する予定だ」
魅力的な提示だが――。
「そういう意味じゃない。最初の提示額に不満はないから、そのままでいい」
“貝紫色”とは逆に入城してきた兵隊を指す。
「あれをどう思う?」
「火縄銃か、帝国にしてもあの数なら主力だろうに...」
「いや、そこじゃない」
羽根つき帽子の下に、銀色のマスクで顔を覆っている兵を指している。
なんとなく伝えたい雰囲気は理解している。
目を合わせたくない時がある。
「今の帝国は、俺でも知らない国になっちまった気がするよ」
と、人狼がつぶやく。
冒険者だった食堂の親父も、故郷の豹変ぶりをいつも誰かの噂で耳にする。
◆
アナクリークを越え、廃城となっていたウズン=キョブリッジ砦を橋頭保とした、メゼディエ城塞軍はかき集めた2万の兵を配置していた。
滞在すること13日目となる。
廃城となって久しく、草木に埋もれた施設を再利用するために7日を要した。
時間を掛けたわりに、施設が復旧したとはとても言えない状態だった。
そこで、マルのゴーレム“タマネギ”ちゃんが駆り出される。
土木工事のノウハウは、“緋色”の連中の実績によって知れ渡っていたからだ。
「何に使ったの?!」
マルは、毛布みたいなガウンに肉巻きのようにくるまって、病床のグワィネズを見舞いに来た。
「いや、城壁の一部が壊れてたから、あいつらが治したいって...まあ、せっつくから手伝うよう命令しただけだ」
ゴーレム語を魔獣翻訳装置なしで解する人間をはじめて気がする。
マルのくせ毛が上下に揺れている。
「お前の触覚...動いてる気がする」
「きにしなーい」
「“タマネギ”が土木に通じてると知ったのは、その時かなあ」
土木だけでなく、土いぢりも好きである。
鉱夫として、坑道に入って鉱石採掘でも腕を見せられるだろう。
そういう機会があればの話だ。
「でも、あいつら...本当に人間が好きだよな」
それは初耳だ。
緋色と長く行動を共にしていたからではないかとも思われる。
マルは『ふぅ~ん』と上の空で聞き流していた。




