-498話 イズーガルドの反撃 ㊸-
バツが悪いことってのは何だろう。
皇女も営みというのに興味が無いわけではないが、同性はないと思っていた。
不純だと頭の中で割り切れている。
皇女の仕事の一片は、世継ぎとなる子を成すことにある。
当然、そこには異性と。
彼女は頭を軽く横に振っている。
「これは...えっと、どういうことですか?!」
卓上には、ピンク色のスライムがある。
皇女にティーカップと、茶菓子を薦めて給仕を熟していた。
これが、マルとは気が付かれていない。
メグミさんの眼が泳いでいる。
まんま当事者であるにも関わらず、他人事を装っていた。
「ちょ、そこ! 皇女殿下が問いただしています!!!」
シャーリィの指は、メグミさんを指していた。
「え? 私!」
驚く振りもない。
お前しかいないだろという雰囲気でも、メグミさんのすっとぼけた調子は平常運転だ。
◆
「まさか、魔王殿も女の子とは」
何者だと思われていたのか――魔王ちゃんと呼ばれ続けて久しいが、彼女にもちゃんと名前がある。第八代に就任したのは、ウナ・クールと名乗る堕天使にして、ラージュの娘である。
ホビットみたいに小さいのは、彼女が――“小さい子って色々得するんだよね”という理由で、そういう姿のまま成長を止めている。
ラージュのように何もかも吹っ切れてしまうと、出るところは出て、括れるところは括れた身体を手に入れる。
そうして、魔界を悩殺という旋風を起こせるようになる。
素材は間違いなく母親譲りなのだ。
「魔王ちゃんって呼んでいいぞ」
親指を立てて微笑んでいる。
傍から見ると、ややバカっぽく見えた。
ピンクのスライムは、魔王との距離をとって卓上の端に移動している。
「いや、それは...」
皇子ミカエルも目を背けた。
「怪我人の部屋で、その...えっと」
「同性で致すことでもないと思います!!」
カルラの叱責にメグミさんは、吹き出していた。
面白いことを言ってたわけではない。
固定概念に縛られている人々を揶揄う為だ。
「バッかじゃない? あたしが誰と寝るにしても、それを咎められるスジはないって事にさ、気が付きなよ...あんたらも、こんな状況で無ければさ。もう政略結婚の話のひとつも来てるんだろ?」
と、突き放す。
魔王ウナは、メグミさんを見上げていた。
“この人は、何を言ってるんだろう?”って目を向けていた。
「マルは、あたしのもんだ!」
卓上の端にあるスライムは赤面した。
わりと恥ずかしいセリフなのだが、メグミさんの表情に狂喜が浮かんでいる。
セリフを聞き留めた者が、絶句しているのは言うまでもない。
カミングアウトは突然に来るらしい。
◆
「メグミ殿の痴態はまあ、置いておきましょう」
柱に縛り付けられた魔人の拘束には、専用のロープが使われている。
まあ、縛り付けた折に『とうとう、あんたらも乙女な私に緊縛プレイとは外道に堕ちたか!!』なんて吠えていたので、猿轡が追加されて大人しくさせられた。
むぐぅ、もごもご、ぐぅわっぐぅ――って、叫んでいるようではあるが気にしなければ案外、このままでもなんとか進行させることはできた。
「怪我人のマル殿の姿が見えませんね?」
ミカエルの問いに魔王は一度だけ、スライムを見ている。
そのスライムは、プルプル身体を震わせていた。
「あ、今、温泉に」
苦しい、苦し紛れの嘘だ。
身体が痺れて動けないといった届け出をして、陣屋に引っ込んだ。
だから、皇女殿下ご一行が見舞いに来ているのである。
「ほう、傷には確かに温泉が効くといいますな」
ミカエルは納得してくれた。
天然ではなく、彼も魔王が一瞥したスライムの背をみていた。
大粒の汗をかく。
《うわぁ~ 見られてる...めっちゃ見られてる...》
二度恥ずかしい思いをする。
スライムの姿は、親しい人でも滅多に見せることはない。
里に帰っても外見擬装を解く同族は少ない。
だから、本性であるこの姿を見つめられるのは、とても恥ずかしかった。
もう一つの恥ずかしさは――スライムの状態は素っ裸と同じ意味を持つ。
服までを外見擬装の魔法で再現している訳ではない。下着からアウター、ボトムスと用意した、服を着こなしているのだ。
だから、素っ裸のそれを何度も見てくるミカエルの視線は、非常に気持ち悪いものだった。
「そのスライム気になりますか?」
「いや、何となくなのだが」
背を向けているスライムの表面を指でなぞる。
マルから変な声が漏れた。
柱にあるメグミさんから殺気が放たれる。
「いやいや、申し訳ない...給仕を終えても留まっているから...まあ、その気が...いや、忘れてくれ」
ミカエルは、卓上のそれがスライムメイドとして見えていた。
ただし、メイドたちが給仕以外のサービスを代行するというのは聞いていない。
彼の勘違いが何を指していたのかは、今となっては知る由もなかった。
「えっと、師匠は...その、スライムさんを?」
「俺の国ではスライム風呂ってのがあってな」
大人の階段駆け上がりそうな雰囲気だったので、皇女がカルラの手を強く引いた。
「えっと、なんかこの部屋って暑いですね?!」
「暑いの?」
「暑いか??」
と、口々に意見を述べる中――戸口に、桶を抱えるマルが現れる。
当然、卓上にあったスライムの姿は無い。