-21話 とある非日常の話-
マルは、鞍を持ったまま棒立ちしてた。
それは良く晴れた日曜日――教会の鐘の音色でNPCたちが路地に集まりだして、普段通りに冒険者らに気が付かれる事無く規則正しく動き回る。そんな頃合だった。
立ったまま器用に寝ていたマルは、ベックに手を引かれて厩に置き去りにされていた。
目が覚めると、両手に鞍を持たされていたというのが現在だ。
パジャマ姿で鞍。
髪はボサボサ、2本の癖毛が4本になっているほど取り乱した惨状。
彼女の身長よりも大きな動物が1頭、周囲を歩いて後ろ髪や背中、お尻の匂いを嗅いで頬を大きな舌で舐めてくる。滑っとした粘体でドロッと顎を伝って服にしみこむという。
知性のないスライムかヘドロをだき抱えたと思えば、まだあきらめもつくのだが。
この粘体は、非常に臭かった。
◆
「嬢ちゃんは、馬ははじめてかい?」
厩の主人が奥から出てきた頃は、マルの姿は粘体によって支配されてような状態になっていた。
これに驚いた主人は、周囲に他の冒険者が居ないのを十分に確認した後、彼女の手を引いて家屋の奥、風呂場に押し込んで湯船に放り投げている。AIが行動規範を与えて、プログラム通りに動いていると思われている彼らとは別の一面がこの行動だ。
ヌルヌルの粘体まみれの女の子を見て恐怖したのは、彼女が顔を顰めて未だ寝てた事だ。
「何ちゅう神経の太か女子かー!」
どこか南の方言っぽい言い回しだが、主人は咳ばらいを2、3回喉を鳴らした。
一方、マルの方は湯船から勢いよく飛び出している。
「ぎゃー!!!!」
冷たかったらしい。
馬?のヨダレまみれから解放されたのもつかぬ間。
今度は、季節外れの水風呂からの生還とでも言うか、結果、結局パジャマは脱ぐことになり、下着姿で毛布にくるまれることになった。
――主人の視線が痛い。
「な、なに?」
「いや、今どきの子は発育が足らんな―と」
「え?」
「っふ、このゲームにデータを入力する際にベースとなるデータより、下回る数値は入力拒否される仕組みになっておるんじゃよ。例えば、ジャイアントを種族選択したけど、ドワーフやホビットみたいに小柄な体形でプレイしたいと思っても、そんな生物は物理的に考えられないから却下される。人間も小柄といっても適齢をもってベースが設定されているから...」
と、主人が再びマルの姿を見つめている。
身長と体格はベースのぎりぎり範囲内とみられるものの、まな板っぽい貧乳とかどうも別のベクトルにチートしたのではないかと勘ぐってしまう。
「この身体、やっぱりどこか変なの?!」
マルにしてみれば、少しは成長していないと可笑しいよね?っていう方向性で話を振ったつもりだったが、主人の方は“誘っている”――新手の援助交際かと勘違いした――“この身体、変...叔父様、私の身体を調べてくださる?”と、まで脳内変換しマルの白くて細い手を取っている。
「ま、まあ、お嬢がそこまで請願するなら...据え膳食わぬは男の恥と」
なんて、ベルトを解き始める。
「ちょ、ちょいちょい!」
厩の主人のセクハラ行為に変なアラームが鳴る。
街の冒険者ギルドから派遣された、NPC衛兵たちが小首を傾げて非常に冷めた視線が主人を突き刺していた。
「現行犯だが、なんとも」
「ああ、プレイヤーならともかく」
「エロゲのやり過ぎだと何回言えば――」
ちょっと意味深なセリフも聞き取れたが、衛兵は主人の頭部をパコっと叩く。
彼は少々ぐったりしおれた感じで、
「い、いや、俺のAIが囁いたんだ!」
「何を訳の分からん事を、今しがたの行為は明らかに強姦未遂だろうが!!」
再び、パコっと叩かれた。
いや、他の衛兵から平手で禿げたデコを張りてされてもいる。
「この娘が“(私の)身体が変だから、奥まで調べて”って!!」
「言ってないよー そんなことー!!」
マルは強く否定している。
毛布に身体を包み込み、下着姿である少女と。
その対岸にズボンを膝上まで下ろして、飛び掛らんとする厩の主人。
どう見ても強姦未遂である。
「まあ、言い分もあるんだろうが現行犯という事で」
「9時23分、罪状は未成年者への強姦未遂でいいな? 逮捕。わっぱ掛けて」
衛兵がぞろぞろ集まる。
今年に入って厩がこんなに賑やかになった事は無い。
ベックが、クラン長会議から戻ってきた時も冒険者ギルドから派遣された衛兵の事情聴取や事件現場、犯行の状況確認などでごった返しており、厩の主人が肩を落として対応に追われていた頃合だった。
馬車の荷台では、マルがヒーラーさんのお世話になっていた。
「こ、これは一体?」
ベックの表情は青い。
イマいち状況が呑み込めないでいる。
衛兵よりも野次馬のNPCが、ベックの問いに答えている。
『女の子が変質者に襲われたらしい』と。
間違ってはいないけど――。




