-469話 イズーガルドの反撃 ⑭-
巫術士サーシャは、メゼディエ城塞の南門の前で立ち尽くしている。
道が分からなくなった迷子ではない。
圧倒される門構えだからだ。
メゼディエ城塞が建造されたのは、群雄割拠の激しい時代の頃だ。
それからも幾度となく改修と増築などを繰り返して、近代化された。
外側に面する城壁は、星型城塞の特徴的な機構が取り入れられている。
突破されても、第二城壁まで約2~3kmの道のりには、湿地帯がところどころ目立つ。
平時では、この湿地帯を活用して稲作を行っている。
戦端が開けば、その稲作の耕地も立派な戦術的な盤面と化す。
やや、そういった向きで造られていた。
南側にある城門には、守備兵が居ない。
跳ね付きの橋が刻限を迎えると、町側と城塞側で垂直に立つ。
そうして行き来ができなくなる。
まず、こでれで侵入を阻む対策のひとつが機能する。
橋を渡り切ると、本来の城塞へ入城する門の前に立つことになった。
「まて、見かけぬ顔のようだが?」
ギルドを出た時は、修道女だったサーシャは、門番の前ではアイテム士の形で相対していた。
都度、出会う人それぞれに姿や立ち位置を変えている。
が、これは紹介状とする書面の中身が、修道女に限定していなかったからだ。
“この者、当ギルドで人物鑑定したが、害は無いと判明。よって、『灰色の治癒士』への面会を取り計らって頂きたい”といった内容だった為、出会うそれぞれの人々に詮索されないような、姿で行動していた訳だ。
《さて、ここまで侵入できたのはいいが...》
サーシャは、城内の中庭を見下ろすような辺りから、眺めている。
中庭と言えば、ドラゴンが鎮座する場だ。
これと言って仕事もないから、爬虫類は陽の当たる場所を陣取って休息していた。
バオリンガルの数値は“((+_+))”というヤル気の無さが目立つ。
ため息ばかりついていた。
「す、すみません...灰色の...」
と、声を掛けたのは、マルマラを“緋色”に託し終えて戻ってきていた、メグミさんだった。
「灰色?」
「え、は、はい...」
変装をする余裕が無かったので、冒険者として問うていた。
「あれ、スパーバル君かな?」
“灰色の治癒士”は、この世界では有名な題材だが、メグミさんたちには馴染んでいない表現だった。まあ、魔王軍も同じで、スパーバルなら通じても外向けの相性なんてのは、身内でも怪しい話だった。
だから、メグミさんも不確かな回答を避けている。
「灰色って何?」
「あ...えっとですね、治癒士の方でして。あーなんて言えばいいんだろう」
事情が分からない人間に説明することは、非常に難しい。
まず、こちらが共通だと思っている、略語から通じないのだとすると、略語の一切が使えなくなる。
丁寧に伝える努力を、怠らないように努めることになる。
「ああ、治癒士か...治癒士ねえ」
メグミさんは彼女の手を引き、“コメ姉妹”の陣屋に通した。
この陣屋には、魔王かスパーバルが必ずいる場所である。
「そこ、スライム居るから気を付けて」
踏みそうだった。
踏んだからと言って、ぺちゃんこになって死ぬことは無い。
死なないが、怒る。
いや、当然、怒るだろう。
スライム竜騎兵の50匹も、スライム姿で水桶にて、涼をとっていた。
「あ...」
ごめんなさい――と、素直に口をついて出そうになった声を殺した。
水桶が見えた景色の奥に檻がみえた。
中には、両手斧の戦士が“昼食の催促”をアピールしていたからだ。
「知り合い?」
「いえ、そんなことは...」
「そう...そこの水桶にいるスライムと戦って、一歩も引かなかったんだって...すんごい人間も居るんだね」
と、メグミさんは零す。
が、サーシャは耳を疑った――クランでも計測不能、不確定者という二つ名を持っていた。
“不確定=よくわからない”という括り方だった。が、スライムを相手取って一進一退の勝負となって、勝利も得られなかったと聞けば呆けてしまっても仕方ないだろう。
メグミさんのスライムは、ナイトと同じ意味を持っている。
が、略称や略語が通じなかったと同じように、サーシャもスライムと聞いてナイトとは想定しなかった。
「スパーバル君いる?!」
ノックも無しに、ドアを抉じ開けた。
マルが同様に、鍵でも掛けようものならば、メグミさんは躊躇なく蹴破って入ってくる。
スパーバルの場合は彼女なりの配慮の末、抉じ開けたのだ。
「ちょっ!!」
赤面の魔王がそこにあった。
小ぶりのふくらみ掛けたバスト、びっくりして先がすこし、蕾のように固くなっている。
かぼちゃのような丸く膨らんだパンツは、魔王の故郷では、当然のように履かれているインナーだった。
ローブを引き寄せて、胸元の前で丸めて抱えているが、しっかり隠れている部分は殆どない。
「っちぇ、ガキじゃん」
メグミさんの舌打ちと、『スパーバル君じゃないのか』なんて声も漏れていた。
「ややや、そこじゃないよね? なんで開けちゃうのかな???」
涙目な魔王が、戸口の二人を指さしている。
口も尖がっていたかもしれない。
《だ、誰...この子...》
サーシャは、目の前の幼女を見つめながら胸中で呟く。
魔王が落ち着くまでしばしの時が必要だった。




