-454話 イズーガルドの反撃 ④-
メゼディエ城塞では、いくつかの班に分けられた。
マルの一行には、灰色の賢者が同行することになった。
と、いうより第一席が案じて、“コメ姉妹”に危なっかしい賢者を預けたいというかたちだ。これは提案という名の命令にちかく、賢者もその気になったので預け先の不平や不満は、受け流そうということになった。
まあ、当然、ふたりが拒否したとしても、誰もくみ取ることは無かった。
「ど、どうも...お世話に...」
賢者がいつものようにフリーズした。
が、おそらくは長い口上のセリフが続いているに違いない。
「...で、作戦ってどういう?」
「うわ、唐突すぎて...どうしよう?」
マルがメグミさんを見上げた。
「ちょ、私に聞かないでよ」
賢者だけ、別の時間軸にとらわれている感覚だ。
そこが面白いといったのは、魔王だけなのだが。
◆
「作戦という作戦はない――メゼディエ城塞の周辺回復は、蜥蜴族が責任をもって行うという点において、確認が取れたみたいだよ。ボクらは橋頭保を作る!」
「作る?」
確かに“魔法使いは遊軍”という話は出た。
男たちの決める作戦会議の輪の外に居た、メグミさんにとっては単語しか結局、聞き取ることが出来なかった。そもそも、“コメ姉妹”はエルザン王国から派遣された、使者を兼務する援軍であるが、『女や子供には、政治は向かぬのだ!!』とする旧い考えの貴族たちによって締め出されてしまった。
そういえば、モテリアール卿の娘・キャスも騎士という身分でありながら、身分と扱いが雑なようなところがあった。
恐らくは、皇女殿下も似た扱いを受けているのかもしれない。
殿下は後継権を有する女性である。が、上に兄が三人もいることから、公務はおよそ兄らが行い、彼女はどこかの王族から婿を貰って、子を産むのが仕事だと言われかねない。
実際、その兆しはいくつか見れた。
「そんな話、して無かったよね?」
マルは、会議に出たメグミさんから迫られて頷いている。
「うん。無かったと...いや、ボクは知らないよ...」
彼女は、“緋色”のグワィネズから提案されたと、種を明かした。
「それ!」
「うん、らしいね...“緋色”に与えられた仕事らしいけど。冒険者の使い方も分からない上層部とは、もう一緒に仕事が出来ないって...殿下が嫌気がさしたって拗ねちゃってて。で、何ならボクたちが手伝うよって――話したらさ」
「それはね、直接...お願いができない、あの人のやり口じゃない?」
呆れたメグミさんがいる。
マルちゃんはお人好し過ぎよ――と、零した。
「でも、これでボクらも自由に動けるし、気心に知れた仲間とも行動できる。“緋色”の構成メンバーは、別れた時から変わらず、剣騎兵が50人。隠者は居ないけど、デバフ魔法が得意な妖術師が、100人もいる。それに...」
天幕の入り口を指さした。
外をバスケットを持って歩くゴーレムがあった。
「“タマネギ”ちゃん!」
「...そ、そのゴーレムが12体も健在らしいから、少し纏まった数を持たせれば...ね」
スライムナイトらは身支度を整え、怪鳥ゴーレムの格納庫へ入っていく。
作戦に使用する怪鳥は2体、残りは補給物資の運搬に従属する。
飛竜と黒竜は、城塞の防衛に回ることが決定した。
というより、かなり強引に城塞の大臣たちが、“コメ姉妹”を説得して実現している。
彼らにしてみれば、ドラゴンは手元に置く政治的理由がある。
国内外の睨みとしては十分すぎる戦力だった。
「他のゴーレムは?」
「技師たちには指示を出してあるし、仮に同盟国としてあるまじき行為が発覚すれば、それはイズーガルドという国が世界から見捨てられるだけ...って脅しておいたけど」
賢者がじぃーっと、マルを見ている。
マルも、その視線を変に思って彼を見る――と、スバーバルは素早くそっぽを向いた。
《この人、何がしたいの?》
◆
海面をギリギリで飛行する、怪鳥ゴーレムは時折、飛沫を上げて波たつ海水を被っていた。
嘴から丸くて太い舌で、ぺろりと舐める動作は、かなり動物的なものだ。
《降下準備をお願いします》
格納庫内は安全燈が灯って、オレンジ色に照らされている。
尻穴のハッチが、ゆっくりと開く。
ハッチの縁に立つと分かるが、相当な速度で風を切りながら飛んでいる。
《降下後は、本機は急上昇を取り、目的地上空で待機します》
風の音が変わる。
スライム竜騎兵らが50匹は、それぞれのヘルメットを叩いて気合を注入。
「では、諸君」
背中にコンパクトなバックパックを背負った、歩兵が飛び出していく。
超低空降下作戦――古代文様が刻まれた、“石”を持って飛び降りた彼らは、魔法の発動によって自由低飛行を楽しんでいた。
彼らが降り立ったのは、マルマラ海の中に浮かぶ“マルマラ島”。
第一席らは二手に分かれ、対岸のシャルキョー港とクンバ港も確保している。
海岸線はほぼ掌握した。
「...どうやら脱落者なく上陸は成功したようだな?」
隊長のスライムは、ひとつの難所をクリアしたと安堵した。
「この後は?」
「島内の重要拠点を取る。確か、航空偵察では島の北側に街がある。その街を見下ろす形の城塞を確認しているから、これを攻略すれば、我々は姫さまをお呼びできる寸法だろう」
隊長のセリフに皆が首を揺らす。
理解できたようだ。
スライム竜騎兵らは、道なき道の山へ歩を踏み出した。




