-446話 イズーガルド攻防戦 ㉞-
シティア港には、新造の軍艦、建造中の軍艦と船出を待つ軍艦を合わせて、活動中の黒曜石艦隊2個分が係留されている。この地域で活動するにあたって、魔王水軍は、無敵の艦隊である必要性があった。
所謂、敵味方に対する鼓舞である。
帝国にとっては、越えられない壁と思わせておく必要があった。
火力では依然、魔王軍側に軍配が上がるが、その差は10年もない。
デュプレの居る世界では、この差は確実に埋まってきていた。
「他の軍艦も見るから、乗り換えて行けよ」
親方は、職人を集めて補修整備の組み分けを行い始める。
船長は肩を落とし、舷側が凹んでいる軍艦に別れを告げる。
◆
アセンディリティが率いる艦隊も、旧型のジーベック辺りは、シティア港へ寄港させた。
寄港理由は、いくつかあるが、もっともな事由として、長い航海の末であろう。
人類には未踏破な海域でも、魔王軍は、航路図を作れるほど多く航海の知識を深めている。
これらの地域で、自然発生的な嵐に遭遇しては、如何に水軍の誇る船でも、船体に何かしらの傷を貰わない訳にはいかない。
また、魔法使いらの“天候操作”魔法による、嵐の回避なども出来ないことは無いが、自然発生ということは、星の環境全体に影響するものである。これを邪魔だからといって阻むと、次にどんな地雷を踏むか分かったものではない。
星の機嫌を損なわせてまでの事でもなかった。
「また、懐かしい船じゃねえか」
ジーベックが陸ドッグへ揚げられる。
船底にはフジツボなどの水棲動物がびっしりと根を張っていた。
「ま、掃除のし甲斐もありそうだな...」
若手を呼びつけ、デッキブラシ部隊なんて名を付けて、船底に潜り込ませる。
まだ、十代くらいの若い見習いばかりである。
「舎弟かね?」
「いや、近くの造船学校に通っている子供たちなんさ。なんでも、社会科見学っちゅう殊勝な授業なんだと、で、10日間...造船所で面倒を見るっちゅう話だからさ、序に給金を払うから、仕事していけと言った訳よ」
煙管を吹かす親方は、やかんの茶を湯飲みに注ぐ。
「で、アセンディリティの嬢ちゃんは元気かい?」
親方は元、船乗りだ。
リヴァイアサンと言う名のジーベックに乗っていた、専属の船大工だった。
話によれば、襟に一つ星の少佐まで昇進したというが、彼が軍服を着ていたのは半世紀も前のことだ。魚人族も魔力が濃いと、生命力は段違いに強くなり、なかなか死なない。
「人妻ですからね、なんていうか。小言が多くて叶いません」
「ま、それでも昔と変わらんのだろ?」
御機嫌取りの方法は――と、口元に放り込むジェスチャーをみせる。
船長は頬を両手で覆いながら、
「そんな前からですか? 寿司好きも困ったもんですね」
「...船の代わりに、3本マストのシップ・スループを用意しておいた。舷側16門の魔導大砲を載せておいたが、過信はするなよ? 最近の帝国は、トップスル・スループに18ポンド砲を載せた意欲的なのが警備艦に交じってやがる」
「どう、怖いんですか?」
「黒曜石の連中が言うには、先ず、機動性が高い。当然、練度次第だが、連射できると思って行動すれば間違いは防げる。まあ、船体が小さく視認性の問題で過剰にならなくてもいいのだが、鎖弾には気を付けろ!」
「索具破壊?! ですか...」
マストが倒されれば、脚が止まる。
帆を貫通したり燃やされたとしても、予備帆でも張って急場を凌げれば、逃げ切れるかもしれない。
しかし、今までの帝国にしては海賊っぽい戦い方だ。
◆
メゼディエ城塞から約10キロメートル。
白い砂浜が続く海岸線から、続々と異形種の魔物たちが上陸していた。
彼らは、砂浜に集まると、耳や鼻に入った海水を抜くのに手鼻をかんで深呼吸、そしてむせてかえって咳き込んでいた。
甲冑の入った革袋を肩に担いで最後に上陸したのは、この上陸部隊の指揮官。
倭刀は背中に背負っている。
それは褌姿の長身、偉丈夫の魔人。
「どこ行っても海はしょっぺえなあ、オイ!」
「ちげぇーねで、やす」
副官は鬼だった。
指揮官は、周囲を見渡す。
近くに深い森があるようだ。
ただ、深いといっても、全軍を隠せるような雰囲気でもない。
「馬は現地調達、或いは帝国から奪って使え」
一堂は唸る。
「飲み水の確保も忘れるな! 食料は帝国から奪うのが妥当だな」
陸揚げ出来た物資は少ない。
殆どは、海上に浮かぶ後続のスループが載せている。
だが、上陸地点には来ないだろう。
「ま、とりあえずだ! 帝国の包囲している連中が気が付く前に、その背後を強襲する。投石器もすべて壊して回れ、ひとつも残すんじゃねえぞ。あと、ひとつ...言い残したことがある。俺の取り分なんざ気にするんじゃねえ、俺らに背ぇ向けてる阿呆どもは全部敵で切り捨てろ!!!」
《行くぞ! てめえらー!!!》
的な掛け声が挙がる。
甲冑も身に付けていない裸褌の猛者どもが動き出す。
包囲している敵の背後を取る戦いは、有史以来からよく用いられたものだ。
今まで、魔王軍がその麾下の正規軍を派遣してこなかったのは、魔王軍内部の事情による。
他にも様々な要因が欠落していた為でもある。
そのピースが整ったので、再遠征してきたわけだ。
指揮官が走り出す。
砂に足を取られて豪快に突っ伏す――その上を獣人や悪魔が越えていく情景。
足跡の中に埋もれた彼、魔王軍十席が筆頭、“傲慢”その人だった。




