-444話 イズーガルド攻防戦 ㉜-
王国の存亡を賭けた戦いの会議だったはずだが、王国兵ではない兵力を用いた、皮算用的なきらいの“窮地を乗り越えられるか”という、話に終始していた。
魔王軍の蜥蜴族は、とにかく城塞の不整地を起点として、活動させるよう指示されていた。
これが、王国と魔王軍との間に交わされた、約束のことだ。
蜥蜴族の一般兵士。
いや、戦士である、彼らの装備は、利き腕をウサギの皮でなめしたグローブで防護している。
胸当てには、青銅の板を打ちこんだ厚手の皮革鎧を身に着けたいた。
持ち前の持久力や、耐久性で凌げば、どんな極地でも彼らは逞しく戦士として戦うだろう。
魔王は人に対して、“蜥蜴族は、湿地帯で本領を発揮する”とうそぶいた。
10万もの亜人族を何の制約もなく貸し与えたら、自分たちは本当に何もしなくなる。
これは、彼らの戦争である。
イズーガルドは、彼らの国であるのだから、最終的には自分らの、人間の力で勝利を勝ち取る必要性を説き、不自由な条件にしたと――魔王サイドは後述している。
◆
一方、黒曜石の艦隊は、エーゲ海を南下していた。
魔王水軍が誇る最新の4本マストシップで編成された艦隊――縦帆、横帆を組み合わせ、ジブ、スル、ガフセイルを加えた外洋の帆船。その外郭は鉄板を這わせ、片側舷側22門、船尾に4門、船首に2門も搭載した甲鉄の軍艦である。
これを海賊船だとは、誰も思わない。
骸骨の利き目に、カットされた黒曜石が嵌め込まれた海賊旗っぽいのを掲揚しててもだ。
黒曜石の艦隊が南下する知らせは、キプロスにも届けられた。
同島にて待機していた、海賊連合も数多くの命知らずな船長たちが重い腰を上げる。
両氏が雁首をの並べるのは、北アフリカーナ多島海、イオニアの南東端にして、クレタ島沖合いの辺りになるだろう。
熟すべき、いくつかの条件を経て、北上している船団は、魔王軍の正規軍である。
当然、その甲板には、灰色の賢者の姿もある。
水は高いところから低い地へ流れる。
当然ながら、周辺海域で異様と思しき事態に帝国も反応してきた。
地中海から西欧にて展開している、艦隊が続々とジェノヴァの港を目指して動き出す。
現状、地中海艦隊と呼べる最大兵力をイオニア海南東端に集結するべく搔き集めた。
同海域では、帝国と反帝国の艦隊がにらみ合いう、事態となる――緊迫してはいるが、喫緊で火蓋が切られるという雰囲気でもなかった。お互いが、目隠しで息遣いを耳で聞いているような、雰囲気だったと後に、その場にあった兵は回顧する。
帝国の艦隊には、少将となったデュプレの姿がある。
彼は、レイジー・フリゲートとして、改修された戦列艦に座乗していた。
艦名はアーデントといい、同型は4隻もあった。
クレタ沖では、帝国とキプロスの対峙で1日半にらみ合い。
2日目の明け方、デュプレの前に黒曜石が、姿をあらわして均衡は一気に緊張へと変貌した。
だが、クレタ沖で海戦は起きていない。
海戦の火蓋が開かれたのは、北アフリカーナ多島海のひとつ。
アルパイダ島デルナ沖、18キロメートルの当たりだ。
海岸線から殆ど離れていなかったが、ジェノヴァ艦隊の一部が回り込んでいる最中に、魔王軍の上陸船を含む大船団と遭遇してしまう不幸が重なった。
艦隊指揮官は、第二席・“不信仰”本人が率いる精鋭でもある。
「少し揺れるかもしれません」
アセンディリティは、物静かな長身で美しい紺碧色の髪をもつ女性だ。
物腰の柔らかさは、その人の性格を映し出している。
柔らかそうな巨乳を持ち、服の前と後ろを紐で繋げ、悩ましいボディをサンドしているような雰囲気だった。その様子からインナーの類は身に付けていないようだ。
彼女が上体を斜めに、覗き込んだ部屋の奥には、瞬きの激しい子がある。
そこに居たのは、灰色のローブを着た少女だった。
脱ぎ散らかしたブーツと、丸まった靴下が床に散乱している。
性格は、エサ子のような粗忽な者のようだ。
ま、嗤うと、上の歯が欠けているので、友人知人からは、アホっぽく見えるので、口を大きく開ける時は、気を付けるようにと言われていた程だ。
その彼女は、素足を温かい湯で満たした桶に突っ込んで、鼻唄を紡ぐ。
「お構いなく~」
ドアの向こうに届いたかどうかはわからない。
が、ほっこりしていた。
あとは、のんびり上陸できれば――。
「揺れます」
揺れた後に声をかけられた。
「知ってます」
当たり前のように返答する。
◆
外は砲撃戦の真っ最中だ。
艦隊の中心には、大型の輸送船であるスクーナーがあり、これらには兵員以外に武装の類は載せていなかった。
自衛でさえ、怪しい装備だ。
「一部の護衛を先行させ、揚陸船を逃がすのです」
指揮官の号令によって、次々が不自然に発生した霧の中に飛び込んで行って消えた。
偶発的な戦闘だったが、これによって大きくスケジュールを見直す羽目となる。
と、いうのも、兵員輸送船団と護衛船団だけでも、すでに想定とは関係ないベクトルで分断されてしまったことだ。
帝国にとっては、決定的な勝利を得ていない。
が、戦力を分散させることには成功したという事だ。
そして気が付いてみると、アセンディリティの下に灰色の賢者が残されているという点だ。
「すみません...乗る船、間違えたみたいです」
賢者が涙目となって船長室の前に立っていた。
ブーツと靴下を抱え、裸足という情けない姿の彼女に同情しない兵は居なかった。




