-376話 皇女殿下、救出作戦 ③-
牛蒡のような色艶の奴婢は、麻布を頭から被せられて放置されていた。
“引き取り手、待ちあり”という札を提げられた恥ずかしい格好だった。
麻布は、本来、この国の奴婢用に作られた最初の衣である。
元来、マーメイド族の女性は、好みの男性を奴婢裁判所で購入する決まりになっていた。
かわいいお〇んち〇の内から、育てて伴侶とする例も少なくない為、いろんな種族の奴婢がいる。
人身売買が公になっている国は少なくない――もはや、慣習というレベルの問題で、これらの文化レベルで戦争の口実になることもしばしばある。
ただし、表向きと裏向きがあるように。
そこは駆け引きが介在する領域でもある。故に、戦争を仄めかして外交官は甘い汁を吸うのだから、この世から悪習や、悪法が消えることはない。
マルタ騎士国では、奴婢は買うほか獲得方法がない。
騎士国の女性比率は非常に高い。
返せば、男子の出生率が極めて低いという事も言える。
生まれた男の子は、半魚人である――胴が魚で、腰から下が人というクリーチャー? 奇形とでもいうか...マーメイド族のように外見擬装が出来ない、低レベルの水棲妖魔が生れ落ちる。
この国の発展は、女性が頑張らないといけない理由もここにある。
牛蒡のようなノービスは、巨象然として聳え立っていた。
顎鬚がまだらに生え、すね毛と対に見ると正に牛蒡である。
朝採れの新鮮野菜のような雰囲気と、黒っぽい顔で頬を赤く染めた彼に向けられる視線が熱い。
いや、むしろ視線が痛い。
《俺、何かしやしたかね?》
マーメイド族から、肉食獣のような雰囲気を感じざる得ない。
必ず二度見をする。
目が怖い、引き攣ってるし血走っている気がする。
《兄さん、兄さん...》
声を掛ける者あり。
脇にいるおっさんだ。
真っ黒に日焼けしていたから、陰になってわからなかった同じ境遇の男性。
《えっと...》
《あんたも女性放置罪で捕まったクチかい? エライ目にあったよな...》
瞳の色が黄色かったので、多分、魔族の男性だろう。
だが、悪魔であっても男だったら何でも捕まえるのかと、どっちかと言うとそちらに疑問が沸く。
《あ、悪魔の...》
ノービスが口ごもってると、看守が『うるせえぞ、この肉巻きソーセージ野郎!!』と殺気に満ちた声で静寂を求めた。
看守の彼女も、ノービスの方を二度見をした後、空を仰ぎ見て『あ゛ーっ!!』などと叫んで消えた。
そのうめき声は、何かを我慢する人特有のものに聞こえた。
なんというか、こう、腹の下からぐっとため込んでリキむような――。
《ご明察、悪魔だ...種族的にはレッサーデーモン。まあ、妖魔よりかは若干、等級が...》
置いてけぼりを喰らっている目をするノービスがある。
南洋王国には多くの亜人と、妖魔が住んでいた。
いや、今もその人口比率は変かしていない。
魔王との停戦および、同盟と国交回復まで急ピッチで整えた結果、弱冠ではあるが妖魔以上の魔物たちが移住してきている現実はある。それでも、全体からすれば亜人の優位性は崩れていない。
だが、牛蒡のノービスには理解不可能な領域だ。
《こりゃあ、すまん...自分語りは厳禁だったな...》
嬉しくてという言葉を付け足さなかったのは、彼の配慮だ。
ここには“希望”がない。
首から下げたプラカードには“希望”が込められている。
奴婢ではない“希望”だ。
《何で、俺を怖い目で見るんでしょう?》
《そりゃあ、お前さんが逞しいからだろ》
最もな回答だった。
元軍人で、今は海賊業だし、ショートソードをニ刀で構えて、揺れる船上を踊るように戦うことが切り込み隊長としてのノービスの姿だ。
鍛え上げられた足腰は伊達ではない。
牛蒡のように線の細さに筋肉の脚線美が光る――さすがは、女性の国だ! 俺のこと分かっているんだなあって思っていた。と、いうか悪魔のおっさんがそういう風に誘導していた。
《花畑、気持ちいよな》
《はい! え?》
《実際は、そのごんぶといブツのせいだ...マーメイドの筋肉バカも一応、乙女だからな...お前さんのそんなモンスター級を目の前にしたら、ニホンザルがゴリラにも成る!!》
麻袋の丈が足りてない。
普通の奴婢ならば、せいぜい短くて尻が隠れるまではある。
だが、ノービスには申し訳ないが腰上までしか届かなかった。
《?!》
《まあ、女性放置レベルを飛び越えて...街中だったら、テロ行為だって言われてもいいレベルだ》
《テロって...》
奴婢のキノコは、マーケットでは“福袋”の中身みたいなものである。
つまりはガチャだ。
当たり判定の確率が低い沼ガチャな上に、課金してもピックアップ通りに事が進まない。
返品は自由だが、コモン、アンコモンでも育て方次第でレアリティ・レベルが変化する場合もあるのだから、こんなところも悪意あるガチャ扱いになっていた。
ノービスのようなメガ・アトミックサイズは、街中ポロリ罪でテロ。
競売に賭けられる前に騎士王へ献上される運命が待つ。
だから、その前に眼福とばかり人がじぃーっと見てくるのだ。
《か、隠せるものは?》
《それも有名税ってことで諦めろ》
悪魔のおっさんは、くたびれた札を首から下げていた。
“飼い主あり”と書かれているが、黄ばみと汚れからすると放置されているようにしか見えない。
《ああ、これか? オレは棄てられたんだなあ...きっと。いやあ、薄々分かってたんだよ。もう若くもないし下の毛に白いものが混じってきたからな。悪魔が重宝がられるのなんざ、他の種族より少しばかり魔力や精力が旺盛で...頑丈ってトコだけだ...》
遠くを見つめている。
故郷だろうか――。
《なあ、兄ちゃんは大丈夫かい? 待ち人...来てくれるかい?》
《さあ、どうでしょう》
とは、言ってみたが正直、探してくれてるとは思う。
チェーザレの方は微妙でも、ベスは可愛がってきた手前、情ってのが通ってると思いたい。
心が不安になると喉が渇く。
「ノービスぅー!!」
聞き覚えのある声が聞こえた――『ついに、幻聴まで始まったかよ』。




