-375話 皇女殿下、救出作戦 ②-
「それで、我が国にはどのような貢献を期待しているので」
バティ卿が小声で問う。
彼の執務室だが、王宮内は“壁に耳あり、障子に目あり”という伏魔殿。
例えば、陳情する者たちでさえ、機密局なる国王の密偵が目を光らせている。
宰相ともなれば、彼の手に余るほどに敵が多い。
「過度なことではない。イクルス=カフラの名についてご存知か?」
賢者の問いの意味がよくわからないと、いう反応が返ってきた。
もっとも、唐突に伝説の楽園を知っているかと問われたら、そういう反応しかできそうにない。
「伝説の楽園ですよね? 確か、神代の...地上にあったという神々の支配する...でしたか」
この世界では、伝説や伝承の類は娯楽のひとつだ。
誰もが、必ずはその娯楽に手を染める――もっとも、それが一生の仕事になる人物も少なくはない。
古代文明を探る職業とした、探検家や探究者は、貴族をパトロンに持つことも多い。
バティ卿もその支援者のひとりだ。
「うむ、よくご存じだ」
「賢者殿の古代語詠唱ほどでは有りません。ですが、そのイクルス=カフラが何か?」
伝説の楽園という訳し方よりも、人知及ばざる未知なる世界とでもいうか。
バティ卿が探している国ではあるが、好奇心からのものだ。決して、憧れ以上に発展することはない。
しかし、目の前の賢者はどうも違う目をしていた。
「探して欲しい...イズーガルドの地で」
「まさか...」
この反応はごく自然なものだ。
まさか――そんな地に“神々の楽園”があるとは思えない――と、いう言葉が浮かぶ。
そして、消えていった。
消えていったが、何か釈然としないものを感じる。
「貴殿の国力を動員して、イクルス=カフラの情報収集を頼みたい。見返りとして、宝石貝を交易品に混ぜるとしよう」
賢者からの魅力的な提案だが、それは困難を極めそうな予感もあった。
そもそもイズーガルドの地は戦争真っ最中の――。
「危険極まりないことは百も承知だが、地中海の制海権は魔王軍が守ると確約しよう」
「やはり、魔王軍の方でしたか」
見返りもなく、突如として現れた救済者に裏があると思っていた。
疑っていない訳はなかったが、親身になって治療を施す賢者に人となりを信用した。
「それを知ってもなお、信じてくれるかね?」
「信じましょう。それと、私たちは愚かにも、あなたの小さな手に甘えてしまったことを詫びさせてください。あの時、あの場にあった一介の騎士のひとりとして、最前線から真っ先に逃げた我が王を許してほしい」
西欧戦線の内紛の話だ。
北フランク王国から以北、西欧地域の小国家諸国を巻き込んだ上陸攻防戦。
これを前にしたケファロニアの王は腰が引けて、逃げ帰ってしまった。
“魔法城壁”で、帝国の横槍を防いでいた賢者を残して――バティ卿は自身の配下である弟とその従者100人を置いてきた。それでも知己を得たにもかかわらず、使命の板挟みで少女を戦場に置き去りにしたことをずっと気にかけていた。
彼がようやく安堵できたのは、賢者からの手紙でである。
「気にしてません。それに最後まで守ってくれましたよ...弟君にです。こんな見ず知らずの魔法使いを逃がすために命を賭して戦ってくださいました。それだけで十分なのです」
「そう言ってくれると、愚弟ながら...すまない」
目頭が熱くなった。
弟も騎士だったかと、兄は涙を流す。
「しかし...その...追撃は?」
「帝国は、魔王軍のせいにしたいのでしょう。事実、西欧地域はあの内紛で多大な損害を被った。まあ、あれの効果は、帝国の横暴さを浮き彫りにさせたことになるのでしょう」
「と、いいますと?」
◆
総督の目の前に披露された船は、2本マストのコルベットだ。
船体はマホガニー材で仕上げたように赤褐色に塗布された、アトラスシダーウッド材で建造された。
生産国であるホビットの島、ウェザーン王国から言い値で買い上げているので、アレクドロス共和国同様に懐が大いに潤っていた。
ジェノバのデュプレにすれば、言い値ではなく値切ることもできた。
ただし、プロトタイプで値切って粗悪な材木を送られてもメリットはない。ならば、少々高くてもより質の良い材木で船を造り、性能評価試験をクリアすれば長い目で、これらの投資を回収できると踏んだわけだ。
港内に浮かぶコルベットは、とても美しい姿を水面に映していた。
これが、帝国で造船された快速船の新しい艦種となる。
「それで、大砲は? 如何ほど載るのだね??」
総督の興奮とは裏腹にデュプレの表情は硬い。
「いくらもです」
「は?」
「試験用ですから、せいぜい水上甲板に片側4ないし、8門となるでしょう。船首に2門、船尾は大砲の重さを一層式船尾楼では耐えられませんから、難しいと判断します」
総排水量330トンと、帝国水上艦艇でも平均より上の中型船なのに対して、搭載火砲の貧弱さを知ると総督の顔色がみるみり変化する。
これを宥めるのが目下、数ある提督たちでだ。
将軍でもある提督たちの数と、船の数が合わないうえに戦列艦も少ない。
建造中の戦列艦を投げ出して、中型船の建造に舵を切った結果だったが――。
「私を、いや...皇帝陛下を揶揄っているのか? 貴様は...」
「滅相もございません」
「では、問う。この船は量産化した場合、何基載せる予定だ?!」
総督の後ろには、帝国本国の兵器メーカーなどがある。
大砲は、大手でも3社ないし5社ほどの有力な企業が独占していた。内、2社は民間に扮している国営の企業であるから、軍艦として建造する船に大砲が載らないでは帝国に顔向けができない。
いや、今後の出世にも響いてしまう。
「何門だ、せめて20門以上と言ってくれ...」
「重量に寄りますね。設計上は魔王軍の主力火砲18ポンドと見積もりましたが、かの軍で使用している船体はもっと大きい...ですから、我が軍では12ポンドでもギリかと...22いや24門が最大かと」
不機嫌そうな総督を前にしても動じないデュプレに対して、彼を買う将軍たちの指示を素直に従った形での応答だった。まあ、これも総督としては面白い話でもない。
が、デュプレ本人が臍を曲げられても困るため、結果的に双方で納得する他なかった。
「だが、念のためにもう一度...問う。本当に20門以上載るのかね?」
「さあ、35メートルの船体長を有していますが、全体的に砲列甲板が2層も足りませんし、低くなっています。荒天時における海戦でどれほど機動性を発揮できるかは、これから試験航海を積み重ねないと...なんとも」
と、いうことのようだ。




