-373話 北アフリカーナ多島海のハイエナたち ⑨-
「――王侯派というのは、わが国においては常に“目の上の瘤”でしかなかったのだ。共和制への施行は、最後の王であられる天子の望みであられた。王には直近の子はなく、外戚が僅かに残るが世子とは言えず...政権を共和制の元老院に還されることを遺言に逝かれた――これが、アレクドロス共和国の始まりだ。その後、王侯派は前王の庶子として、幼子を擁立しようと企んだ...これが第一の政変だ...」
三度目の“茶”を催促した、執政官に先刻までの余裕はない。
皆を“幼女嗜好”と、揶揄った頃の――。
「お前の歴史いや、痴態など聞かせんでいい。要するにだ、魔王と交渉するに至った経緯を語れば良いのだ。元王族の乱はどうやって鎮めたのだ?」
人狼王とて推察はしている。
おそらく流れも見えていた。
「騎士王陛下のお言葉にて、真実を知りました」
執政官は椅子を蹴り飛ばすと、王の眼下にて両膝を突いて平伏してしまった。
格は同じ為政者である。
まあ、会議主催国の王であるという違いはあったとしてもだ。
「なるほど、魔王は使者だけでなく協力もしてくれたのだな?」
人狼王が訝しげに周囲を見渡す。
賢人も含めて皆は、事態を把握した――三次の政変自体が怪しく見えてくる。
いや、そもそも。
「王侯派は、擁立を企てようとした、かつての幼子も歳を経て立派に分別のつく青年として成長し、共和制の枠の中で輝く存在でありました。身分の怪しさは確かにあります。とくにご生誕などの謂れなど...しかし、前王のどことなく立ち振る舞いや、その面影を残すと言いましょうか...」
「執政官殿、もう少し応えやすくしてやろう...魔王は何処に絡んでいる?」
4人に問い詰められる執政官だが、彼は平伏したまま顔を挙げることはない。
事情は察している。
察してはいるが、腑に落ちない。
何故、こうも政変の起こりやすい国を選んだか――だ。
「我が国の不幸は、仕組まれたものだと?」
漸く執政官が上体を起こす。
それでも、床に額を当てていた窮屈な状態を変えただけに過ぎない。
「当然、そう考えるのが妥当だろう」
「共和制の初代元首は、亡きマーロウ将軍が先王より大権を得て10年、以後、国民選挙を経てすでに3代もの元首が誕生している。わたしはその3代目で...」
執政官は、小首を傾げた。
皆はその様子を静かに見守る。
取り巻く王とそれに次ぐ者が会議に出席している――今後、将来の多島海を占う大事な会議だ。
定例ではあるが、帝国の地中海進出は小国家にとって命がけの大博打に出ざる得ない。
「遺児...」
「それを否定しても構わないが、我々は、魔王を信用してもいいのか?」
更に、執政官は上体を起こして能面のような表情でいる。
思考が停止したような雰囲気だ。
マトルーク城塞都市では、交易仲介の条件交渉が行われている最中でもあった。
「これは今、この場での推察でしかない。証拠もない故、創造力を働かせて...百歩譲って、魔王とは信用できる存在なのか...帝国に対して抑止力たりえ、否、ミイラ取りが...」
「いや、お待ちください...“陛下”は、我らを踏み台にしたいだけに御座る」
核心のような答えだ。
アレクドロス共和国は、すでに取り込まれたとも取れた発言でもある。
自分の発した言葉に多少の戸惑いを感じ、小刻みに頭を横に傾ける変な動作をしているが、魔王を疑うような素振りは見られない。敵ではないが、轡を並べて意志を疎通できるような相手ではないことは、この篭絡ぶりで理解できる。
もはや傀儡だ。
「騎士王...」
「多島海の一画が崩れ、我々の敵がまたひとつ増えた」
◆
地中海の海は、空の青を返す美しい彩を放っている。
フランク王国の魚人とコルス島のマーメイドが漁場のことで揉めるのが日常茶飯事で、魚っぽい連中が三又の槍を掲げて怒鳴り合う様は、その周辺を船で行き交う人々に心の平穏さを教えてくれる。
彼らの諍いもひとつの観光名所になっていた。
さて、マルトークの軍港沖に停泊している船団は、海上を覆った霧を利用して二手に分かれていた。
ひとつは沖に停泊したまま、使者となった将軍らの帰りを待つ者たちである。
別れた船団は3隻、うち1隻はフリゲート・ジーベックと呼ばれる艦種が含まれた。
が、実はジーベックとしての面影は既になく、特徴的なシンプルなマストや前傾したフォアマストが廃止されている。それでもジーベックと呼称するのは、魔王軍の伝統と言って差し支えない。
ジーベックの左右には、トップスルスクーナーが付き従う。
船体は、凡そ400トンを超える大型のスループ船体を用いている。
船尾楼は、一層式を用いて楼甲板に設けていた備砲の数を減らした。
これにより戦闘力は、同型の艦艇と比較して艦隊決戦には向かない船に仕上がった。
「陛下、海風は冷えます故、そろそろお部屋に戻られては?」
楼甲板に髪を揺らす人影がある。
桃色の髪にくせ毛のある少女然とした人物。
見上げれば、金色に輝く月が見える――今日の月は、一段と大きく見えるね――。
「この風は寒くないし、心地よさを感じる...」
「でしたら、もう一枚ローブを羽織ってください」
控えているのは緑色の瞳を持ち、藍色の髪を銀の髪留めで結わいだマーメイドの女将軍だ。
南洋王国が難儀していた海賊を鍛え直し、魔王軍の南洋で行動する尖兵にしたてた将軍である。
彼女は再び戦列に復帰し、新造されたフリゲート・ジーベックの戦隊長に封じられた。
「まあ、女将軍がそこまで言うのなら...」
ローブを受け取ると、頭からモゾモゾ着込み始める。
天然魔王は健在だった。
そのローブは、被るのではなく羽織るタイプだ。
これ、どっちが前で後ろ?――彼女が迷っているので、女将軍は困り顔のまま、顔を背けて笑いを堪えるのに必死だった。
そんな魔王が愛おしくてたまらない。
「陛下、お手伝いいたします」




