-371話 北アフリカーナ多島海のハイエナたち ⑦-
「どれ? どの船のことを言っている」
城壁の縁に身を預けながら、肘を置いて各々で談笑しあったり、話し込んでいたりする団体の横に男は立つと、前かがみになって右にいる遠眼鏡で沖の船を観察している将帥に声をかけた。
「ああ、ほらあの沖の船だよ。少し霞が掛かってきたかな...うむ、見えにくくなった」
と、声を掛けられたので、将軍は城壁から身を乗り出すように大きく指を指している。
確かに海上へ雲が降りてくるように、霞がかるように見えた。
「ほうほう、いい眼をしているな!」
男は顎を撫でながら、目を細めて眉間に皺を作った。
目を凝らしてみても、沖の船はどんどん白い雲の中に消えていく。
「勿論だ」
遠眼鏡で沖の船を見る者は少なくない。
城壁の上では、それぞれが指揮する船団の長たちでごった返している状態で――『あの船は大きいから、この海域では小回りに欠ける』とか、『マストの多さ、帆装の具合からして遠洋向きでは』などの声が飛び交っている。
「あれはだな...フリゲート・ジーベックという種だ。全艤装を横帆メインとした快速の戦艦ではあるが...残念ながら、追撃を目的にしている。単独での任務が主となる為、船体の大きさの割には、大砲は少ない方だ。まあ、戦艦といっても、戦列艦と同類で語れぬのが、まあ、痛いところだ」
と、告げた。
「やけに詳しい...」
将軍が振り向くと、彼の目の前に微笑んでいるつもりのトカゲがいた。
正解はドラゴニュートという種族だ。
彼らも卵を産んで、子を育てる。
ただし、ドラゴニュート族の雌は、子を産み、育て、一族の繁栄の礎を築き、家を守るという風習の中で生きている。雌の戦場は子供と家を守ることにあり、その面は雄よりも強い。
「あれは、俺の船だからな」
ごつごつとした武骨な甲冑を着込んでいるが、何故かその鎧の上から見事の絹織物から仕立てた、和装の浴衣を羽織っていた。本人曰く、極東に流浪した際、知己を得た風流人より贈られた、着流しを大事に使っているのだという。
当然、鎧を脱げばその着流しを羽織って腰帯を巻く。
緩やかに沿った和刀という剣も、その当時に手に入れた業物だという。
「...っ、使者殿!!!」
◆
政変時に逃げ込んだ要塞としての港湾都市いや、城塞都市には仮政府時代に設けた多くの部屋がある。例えば、元老院会議を開いたという大広間や、共和国首長が執務室として使用した部屋などだ。
これらは、ひとつの歴史である。
一般公開まではされないが、“この部屋にはもう、戻らないぞ”という意思表明として残された。
政変は3度起きている。
1次の政変は、豪商から身を興した海軍中将による軍事クーデター。
未遂とは言えこれは肝が冷やされたと、当時の上級将校たちは口を揃えて語る。
2次の政変もほとんど似通った。
市民運動に隠れるようにして、軍事クーデターが再発。
国内主要施設が不法に占拠され、国内は軍事政府によって戒厳令が敷かれた。
転機は、国外で活動していた提督らが戻ってきたことだ。虐げられていた、一部の市民運動家らも政変の回復に尽力して返り咲くことができた。
此度の3次政変は――“王”を自称した元王族の事件だ。
王政復古だとのたまったのが事件だが、共和制から王制に戻るにはまだ尚早だった。
乱は鎮圧され、最後の荘園を失った元王族に今後、その地位の復古はありえないとされる。
経済基盤を失ったのである。
「いやあ、さすがに散々でした」
と、部屋を紹介して歩く事務官は、派遣された使者に愚痴をこぼしている。
魔王の命令で派遣された使者は、クラゲの頭をもつ水棲魔物の類だ。
髭のような触手がうねうね動いていた。
「端的に...ですが?」
「?」
「仲介料...です。それは...」
「年間でのトータルで考えて頂きたい。紹介してくださる国家によって交易の収支は変化するでしょう...が貴国が受ける恩恵は3%では如何でしょうか?」
少し含ませた。
奥歯にものが引っ掛かった雰囲気で語る。
「交渉は...」
「条件に応じる用意はあります」
使者の態度は外見通りに柔らかにみえた。
魔王は上限を15%とした――収益にかかるギリギリの線だともクラゲに明かしている。
彼女が交易をしたい国は、わりと多かった。
そのすべてと取引ができるとは思えないが、仮に2ないし3か国とで取引ができれば、地中海でも魔王軍所属の船が行き来する可能性が増える。特にジェノバ領を得た帝国軍に対してのけん制としては十分すぎるメリットが生まれるという。
《帝国が地中海を脅かし始めたこのタイミングこそ、我らも周辺国に警戒されずに船団を展開できるチャンスが生まれよう》
魔王は、使者として派遣する人材を前にして語った。
《仮に交易が始まれば、まず物が動く、人もながれ情報を得やすくなる。西欧に置いてきた船団との連絡も容易となり、“聖櫃の騎士団”と本格的な対峙も可能になるだろう》
「条件ですか...これは、交渉し甲斐がありますな」
事務官のほほえみを能面なクラゲが見ていた。
が、実はその視線は要塞内を見ている。
《ここが、橋頭保になる...か》
と、胸中にてつぶやいた。




