-09話 採集クエスト-
装備スキルは、慎重に選ぶ必要がある。
近距離攻撃や遠距離攻撃では、間合いがそもそも違う。間合いが違うという事は、職業が異なりひいては生き方、ライフワークも変わってしまう。
だから重要なのだ。
装備スキルで人気が無いのは、弓だ。
中遠距離で活躍しそうなものだが、実際は転職する傾向が多い。
何故か、素人向きではないからだ。
ローマは一日にして成らず――諺通りにリアルな面が強いこの世界では、装備スキルを習得から習熟までをひとつのライフワークだとすると、弓は非常に難しいスキルだった。
先ず、的に当てるまで相当苦労する。
次に急所を射抜く目と、動く標的を仕留める技量を剣や槍の倍以上の時間を要求した。
こういう職人めいた条件が無ければ、もう少し人が残っていただろう。
ちょっと変わった客は、マルが店番をする木工師の店舗に現れた。
背中に蔓が巻き付いた複合弓を背負い、腰に矢筒と小剣を携えた如何にもハンターっぽい冒険者。
変わってるというのが、その姿恰好がウィリアム・テル然とした狩人で代金の代わりに狩ってきた獣の皮で済まそうとする神経の太い奴だったという事だ。
マルは、店主が所用で居ないからと告げるも、彼は店主が帰ってくるまで待つと居座ってしまう。
結果、店主が酔って帰宅すると店先で疲れ切ったマルと高いびきのウィリアム・テルが転がっていた。
◆
翌朝早く、未だ奥の床に転がっているマルを他所に店主とハンターが両者の首を突き合わせて、睨み合っていた。それは、特注ともいえる難易度の高い複合弓の制作依頼だった。
「NPCの俺に、何であんたみたいな冒険者が納品クエストを持ち込むんだよ」
苦笑しながら『仲間にでも頼めばいいだろ』と、肩を竦めている。
「そいう仲間がいれば、俺もこんなとこには来ない」
「まあ、違いはないな――しかし、百歩譲って俺が、あんたの依頼を熟せる腕があると何故、分かるんだよ」
と店主は不思議そうに眉間に皺を寄せた。
「普通はNPCには頼まない。だが、木工武具師という特殊な職業と自由意思ばりの反射運動は、このゲームのリアル性から考えて、かなり高い技術のスキル保持者とみた方が自然だと思っただけさ」
ハンターの答えに『勘かよ』と、店主は苦笑した。
「冒険者が気が付かないように振舞うのが仕事の一つだったんだが。まあ、いいさ」
「――で、どんな弓が欲しいんだ?」
ハンターが提示した複合弓は、シルフという風の妖精をモチーフにしたファンタジー特有の稀有なレア・アイテムだった。言うなれば、“シルフの竪琴”と名付けられる。
「マジか?!」
ひきつった店主の表情は、寝起きのマルを泣かせるのに十分な効果があった。
◆
森の奥に入ったのは、はじめてだ。
店番するだけで銀貨500枚の安い仕事だと思ってクエストを受注した、しかし、とんだ連続クエストに発展しようとは夢にも思わなかったマルは、“くのいち”装備と中身スカスカな肩下げ鞄で挑んでいる。
片や、ハンターは入念な準備と如何にも山師といった雰囲気で森の中に分け入っている。
時折の彼は、辺りの様子を伺いながら足元をしきりにチェックして歩を勧める。
「小僧、俺のあとをしっかり歩け!」
小声なのに何故か頭の奥にまでプレッシャーが届く。
これが山師固有のテレパシーという伝達方法だ。デメリットとして、相手とのコンタクトが必要なので、意志力が確実伝わる半径50m以内に対象がいないと成功しないという。
魔法の長距離通話魔法と比較しても、使い難い代物だ。
しばらく歩くと、目当ての枝ぶりのいい大樹が聳えていた。
高さもさることながら、その幹の太さだ。およそ千年は越えているだろうか、大きく上へそして左右に森を包み込むような枝ぶりこそ、シルフこと風の妖精、或いは精霊の宿る神の樹だ。
できれば、枝を傷つけずに手に入れたいものだが――大樹の周りを歩いてみるも、小枝のひとつも落ちていない。
「おい、小僧」
ハンターが険しい表情でマルを呼んだ。
別の木の枝を拾い上げていた彼女がハンターの下に近寄ると、力強い握力で腕を掴まれながら引き寄せられた。
彼は、すっとマルの腹のあたりを嗅いだ。
「小僧! メスづきやがったか!!」
ちょっと汗ばんだだけなのにと、憤慨してもがいたが、
「風上で匂いを散らすな、盛った魔獣がお前を求めて寄ってくる!」
徐に、ゴワゴワで厚手の毛皮を被せられた。
妙に目頭が痛い、鼻の奥がツーンと染みる感じがするし、いや呼吸もし難い。
「これ、な、なんの」
「魔獣マンティコアの小便と毛皮だ。これで散ったお前の匂いを消せるはずだ」
と、デリカシーのないハンターらしい答えだったが、頭からそんな不潔なものを被せられたマルは激怒している。しかし、ハンターは彼女の頭を鷲掴みにして――
「声を発するな! お前は枝を探していろ!!!」
と、強い思念を送り込んでマルを黙らせている。
◆
枝を探すも、落ちていない。
ハンターも帰ってくる気配もない。
なんだかイライラして、毛皮を剥ぎ取って小便臭い状況から解放された刹那。
強烈な一撃が放たれ、腹部から上半身を抉るように激痛が走った。
衝撃波とともに、破壊可能オブジェクトの様な吹き飛び具合で大樹の方へ飛ばされた。
マル、絶命――とは、成らなかった。
3本あるHPのうち1本の5分の1があっさり消えている。
HPの横に開始2分が表示されて、カウントダウンが始まった。これは、自然治癒魔法が発動した現れで、この時点でスキルは完ストしている。
さて、意識がまだ左右にグラグラ揺れている状態にあるが、神の樹に叩きつけられて、無意識でつい枝を折ってしまった。
少なくとも、これで採集クエストは解決したかもしれない。が、彼女の目の前には、如何にも空腹ですと言わんばかりの魔獣の姿がある。
「...っつ、あったま、きた! びっくりしたついでに弾き飛ばすとか――無事に生きて返れるとは思うなよ!!」




