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ハイファンタジー・オンライン  作者: さんぜん円ねこ
ある場所、ある世界の原風景、さあ開演です
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- 北の防人 -

 グラスノザルツ帝国の英雄と言えば、北方に棲む人々は皆“鋼鉄スチール・腕鎧ガントレット”の名を告げるだろう。如何にして有名になったのかは御伽噺となるが、その名を冠する冒険者の集団がある。

 あやかった訳ではなく、その御伽噺の主人公の子孫が、代々首魁を務めるからそう呼ばれるようになったという話だ。

 人々の希望の星とでも言い換えて良さそうだ。

 彼らは帝国の子飼いである。

 冒険者という自警団的側面もあって、なかなかに面倒なことだが。

 束縛も時には大きく有利に働く。


 例えば、帝国の有力な貴族名を会話に溶け込ませるだけで、報酬からすべての話がとんとん拍子に進む場合もある。まあ、その逆も然りという場面も発生する時がある。だから、メリットとデメリットが背中合わせなのだ。

 この事態は、不利益な背中合わせが発生した事案のひとつだった。

「遠路はるばる来てくれたのは悪いがね。俺にはもう、未練というのが無いんだわ」

 冒険者を引退して10年。

 息子に後事を頼み、田舎で隠居暮らしとして森の奥に引っ込んだのはいいが――かつての高名さが今になって災いとなり、時折訪ねてくるのは武者修行中という剣客ばかりである。連日というほどの盛況さではないが、長い休みが取れるほどのものでもない。

 忘れかける前にふらっと来るのだから、エルフの娘と逢い引きさえもままならない。

「人に未練がなくて、エルフで盛んなんて隊長らしいですけど...不順過ぎません? なんかいっそ、果し合いで死んじゃって欲しいなって今、思いましたよ」

 剣士は、黒くて湯気の出ている飲み物を卓上に戻している。

「おいおい、俺に死ねとか...どんだけ薄情な、まあ、俺もいい齢して女の柔肌を抱けるって話を他人から聞いたら...まあ、思うんだろうな、そういう感情な、分らんでもない。だがな、エルフとの絡みつきを知ったら、未練もなにもなくなるぞマジで」


「いや、マジで死んでください」

 剣の柄に手を掛ける若い剣士を宥め、老騎士が前に出る。

「その辺でよかろうが」


「いや、俺は真剣にだな」

 友人の顔を見て、男も険しい表情になる。

「そんなに厳しいのか?!」

 顎に手を当て、床に視線が落ちた。

 如何にもという重い空気が横たわる。

「スバールバル多島海海戦は辛勝だったという発表、あれはデマだ。惨敗どころではない! 西欧諸国連合は船の供出を渋り、あまつさえ“()()()()()()()”と取引をしていた。明らかな人類への裏切りだ!!!」

 耳を疑った。

 若い剣士も苦虫を――という表情だ。

 皆が皆で悔しい思いをしている。

「息子は? ジャンはどうした!?」


「前線で戦っている。いい戦士だ、お前が鍛えた嫡男殿はいい指揮官でもある...が、やはり経験が違うと俺は思う。親父の背中を戦場で見せて」


「屍を越えさせるか?」


「そこまでは言ってないぞ! 屍じゃなく、肩を並べて戦う姿を団員たちに見せるんだ! 今、難しい局面のひとつに差し掛かっている。西欧はちょっかいこそ出してこない...ソコはまあ、時間の問題だと思っているんだが。今、ブリテン領で敵の侵攻を食い止めることが出来れば」

 補給線が長大化している、魔王軍にとっては痛手となる。

 まず、帝国側は、魔王軍は未だ(確定的な)橋頭保が確保しきれていないという発想だ。

 世界侵略こそが目的だと本気で思っている。


 だが、すでに魔王軍は、スバールバル多島海の島々に上陸して拠点化に成功している。

 補給線が侵される心配がなければ、南欧まで足を伸ばすことが可能であった。

「そうか、あいつが...な。立派に」

 立っていた男が腰を下ろす。

 鍋の中の黒い湯をマグカップに注ぎ――

「これはな、エルフの連中から分けてもらったんだ。...っなんと言ったか」


「珈琲だろ? 都でも流行っている。西の海かららしいがまさか、エルフも呑み慣れているとは...少し不思議な感じだな? どういう流れかな、人は嫌うのに交易は...か?」


「いや、俺もそんなに深い仲ではない。まあ、ひとり寂しくなんてのが性に合わない性格たちだから、寝所に潜り込めるメスを探しているときに勧められたのさ」

 老騎士は呆れ、若い剣士には嫉妬のような怒りが浮かびあがる。

「っ、お前というやつは」


「まあ、それも性分だ。で、息子あれが出来た訳なんだが...あいつには言うなよ、親父が絶倫なんてカッコ悪くてなあ」

 そっちじゃねえよと、ふたりの突っ込みは心の中で入る。

 こんな悠長な会話もそろそろ潮時であるのは家人も含めて分かっている。

 分かっているから、今、バカをしているのだ。



 家に火を放ったところだ。

 持って行きたいというものはない。

 そもそも老後の心配をしなくて済むような暮らしのつもりで裸ひとつで来た身だ。

 出ていくと時も、似た格好で出ていくだけだ。

「それは?」

 老騎士が音の手の中にある青い縞の布を差す。

「ああ、これか...昨晩な通いのエルフ娘が戦場に持って行くと妖精の加護があると言って、残していったものさ」

 ほう――としか言えない。

 いつ寝所に招いて、逢瀬を謳歌できたのか詮索するのも気が重くなる。

 出発間近まで、この男はと。

「で、なんなんですか?」

 と、若い剣士は問う。

 元団長がニカッとほほ笑み、

「パンツだよ、しかも紐パンだ!! うーん、フローラル!」

 布を嗅ぎながらの大爆笑だ。

 だが、剣士の方は怒髪天である。

「い、」


「よせ、戦場に向かう兵士に送るのは...無事に()()できますようにだ。パンツなんて腰巻は、()もついてくる験担ぎと考えれば、そう悪いものじゃあない。お前は若いが、もう少し心に余裕を持て...持ちすぎてああいう老人おとなにならないよう心がければいい」

 宥め役も苦労人だ。

 友人であり、副官だった。

 今も彼の息子の頼られているから、戦場を離れる際に相当、双方が苦慮したという。

 これも絶倫で変態な親父殿のせいだ。

「なあ」


「あん?」


「北の脅威ってのはそんなにヤバイのか?」

 若い剣士の眉間に深い皴が刻まれる。

 が、心に余裕を持てと言われた後だから、吸い混んだ息をそっと吐きだして、心を静める努力に努めた。

「ああ、深刻さの度合いを10段階でってなら、8か9ってところだ。はっきり言って、あいつらが本気じゃないってのが解せないんだ。時間を稼いで何かを仕掛けてるんだとしたら、恐らくは――」


「大規模な召喚魔法か?! あの500年以上も前の魔神騒動のような!!!!!」

 いや、という声が漏れた。

 そういう気配もなくはない。

 ただ、得体のしれない戦場という意味でしかない。

「まあ、先ずは皆と合流することだけを考えてくれ」


「ああ」

 南ブリテン領攻防戦という名で呼ばれる戦闘は、6か月も要した。

 これは記録である。


 決着は魔王軍の圧勝であり、帝国側参加者の総数は12万7600人。

 死者1万1290人で、公式記録から抹消された話だが“同士討ち”による死者数だと言われている。

 戦争での捕虜は参戦数の3割となり、戦闘後、無事彼らは解放された。

 そのほとんどが治療済みという好待遇だったらしい。


 まあ、そういう行為は疑心暗鬼を生まずにいられない。

 魔物には親切な連中が居ないというのが通説だからだ。

 過酷な労働条件下で強制労働させられ、男は労働力、女は慰安婦が横行。

 戦場に関係なくブリテン領はカオスだった――というのが、耳障りのいい状況だというのが戦争という愚かな行為である。

 ただし、魔王ウナ・クールは魔族軍全軍に通じて“軍の禁忌を侵すべからず、敵兵とはいえど投降したものは捕虜として扱い最低限の権利に沿って、尊厳がも守られるよう配慮せよ”と言ったという。

 その監察官に“紅い瞳”を持つ少女があったという。

 のちに彼女は、紅玉姫と呼ばれるようになる。

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