-1.5.15話 休戦協定-
南洋王国に戻った女王が最初に行ったのは、御前会議というパフォーマンスだ。
魔王軍は特定の国名を持っていないというか、人間側では発音できないので便宜上『魔王軍』と呼べるようにこれも、ギルドのネットワークに流布したのだという。
実際、かなりこの連絡網を逆手に取って彼らは、古くから利用していた節がある。
戦争の最初期では、重要作戦の通告をもやりとりしていたようだ。
こうした機密情報を吐露したのにも既に、これらの方法でギルドネットワークを利用する必要性が無くなったからだ。魔王軍での情報伝達手段は、より高度で確実な方法を用いて確立されており、その一片は、帝国中枢からでも安全に魔王の下へ届けられるというものらしい。
「魔王陛下に書簡が届いております」
噂をすればこの通りだ。
海賊島にある女将軍からの報告書だ。
長距離通信魔法でも十分なのだが、南洋王国の連中に魔法を介さないで世界のあらゆる場でも魔王軍は、書簡を通じて情報の伝達をしているというパフォーマンスの為に用意された演出だった。
ま、書簡に書かれてあることは、先刻、長距離通信魔法で報告を受けた内容そのものだった。
「何と書かれておるのです?」
南洋王国の好奇心旺盛な貴族がひとり覗き込んできた。
「まあ、取るに足らない事ですが... 霧の海賊船を懐柔したので、戦力増強させたのちに貴国に参加させられる――手筈が整った。まあ、そういう事らしいです」
ちょっと曖昧に掻い摘んで応えた。
別に詳しく説明してやる義理はない。
女将軍は、海賊島の海賊を従属させ、魔王水軍の為に死ねる軍隊に教育しなおした。
その上で、南洋王国に貸し出してやる訳だ。
貸与の見返りは、交易路の確保と通商条約までの発展が狙いなのだが、これはまた少し先の話になるだろう。
貴族は、単純に国内の目の上の瘤が無くなると喜んでいた。
海賊による治安悪化は、海洋国家としての致命的な問題であった。それが、魔王軍が南下した結果――心配するレベルが無くなった――とぬか喜びもいいところだ。驚異レベルをはっきり分かっていない。
御前会議は正に、その驚異レベルでの話が焦点だった。
国防大臣は俄かに信じがたいと憤怒している。
海軍大臣や国務大臣あたりについては、自国の惨状に向き合えば、これ以上の戦争継続は国家の破綻にも繋がり兼ねないと、冷めた雰囲気だ。昨日の敵は、今日の友――なんて言葉を引用しながら、財務大臣は国庫の状況を国防大臣に嫌味たらしく説く。
それらを見渡して、女王は魔王との『休戦協定を結びたい』旨を告げる訳だ。
強硬に反対するのは外務大臣と国防大臣だけだが、結果的にふたりが席を蹴って退出した後に成立してしまった。
その二人の大臣は、謁見の間にて貴族らと談笑する少女の姿を目撃している。
その少女が魔王とは気が付かなかったのだが。
◆
「結果的には、賛成多数で『休戦協定』を呑むことに決したよ」
女王が身内である次女に話しかけている。
足の不自由な彼女が少し、心配そうに姉を見上げている。
「浮かない表情なのは、纏められなかったことへの嘆き?」
次女は、聡明な女性だ。
ただ、生まれつき身体が弱く病弱だった。
嫁げる身体でもないから、姉の傍らで賢者になって支えると決めて今日まで常に傍にいた。
魔王が来るまでの話だ。
「国がふたつに分かれるかもしれない。これは女王として私の不徳とすることだが」
「でも、これ以上市民に痛みを背負わせることも出来ないわね」
次女の結論も、一時的な休戦はどこかでするべきと考えている。
恒久平和になるのならば休戦から終戦まで持っていきたいが、それは世界政府が許さないだろう。いや、敵が魔王という魔物を統べる相手から、人間という同属・同陣営だった連中にすげ変わるだけで、その時点でメリットは無くなるわけだ。
だから恒久的平和は難しい。
南洋王国にとっての裁量は、表向きは国内の敵との総力戦に臨む一方で、裏向きは魔王軍と共存共栄しかないのだろう。
そもそも、魔王水軍が本気を出せば、新造艦のような規模の艦隊が王国を平らげてしまうのかもしれない恐怖。
「――考え過ぎね」
「何?」
「いいえ、姉上の判断に私も賛成します。ですから、お気にせずともよいのです」
次女は優しいまなざしで、女王に微笑を返している。
◆
休戦協定の調印式は簡素なもので済まされた。
公にできないからだ。
それでも、魔王は『これが第一歩と信じて』なんて大層なことを加えていたが、女王は『両国に新しい時代が訪れますように』と結んでいる。
これが、南洋王国と魔王軍の新たな関係だ。
魔王水軍は、西欧地域の南端に巨大な要塞を建設している。
クラーケンなどの水棲魔物を多く飼育できる施設も併設され、蒼海に睨みを効かせる以外にも帝国水軍への牽制も兼ねていた。実際、帝国の艦隊は以西より向こう側への進出をことごとく潰されている。
強行して甚大な被害も出していた。
また、放棄したという陣地へ突入した諸王国兵団は、占領を済ませたその日に同地にて大規模な地震被害を受け壊滅している。
魔王軍にとっては、多方面作戦による憂いを南洋王国ひとつで賄い、背後の心配をすることなく陸上兵力の殆どを北方地域に回す事が出来た形になっている。また、水軍による支援火力や補給線の新たな開拓など真面目に大きなメリットが発生している。
「これで準備は整った」
魔王は、ホテルの自室から星空を見上げている。
帝国は大規模な召喚実験を行う用意があると報告を受けている――かつて天空から現れた、異世界の魔王を呼び出したメシアのような蛮行であるとの報告を受けて、これを叩き潰すための総力戦であることも目的の一つ。
もう一つは、帝都の背後に橋頭保を得る事。
「とりあえず、この戦争はボクの代で終わらしてやる!」




