-1.5.13話 交渉-
東洋王国領・アマンダ海峡/メタトン群島付近――
思わず間違えて北上してしまった南洋王国軍籍・ノーザンフリゲートは、今、現地の警備艦に追われている最中だ。7年周期で出没する海賊船の撃退に成功し、祝杯を挙げるぞ!といった雰囲気になって寄港した港が東洋王国領で、散々飲み食いしてから代金を払うところで不正入国が発覚。
これにより、店主が堂々とした無銭飲食の一味がいると、通報した切っ掛けで追撃戦が始まっている。
それはもう、鬼のような追撃だ。
最初は、1隻だけの追撃だったが瞬く間に膨れ上がり、大艦隊になって南洋籍の軍艦を追っているのだ。
幸い、病み上がりから実戦投入されている賢者が、自前のアイテムを使用して風の精霊を召喚し、常に最高速度で逃げ回っている。
が、外海への脱出を図る寸でのところに回り込まれて現在。
東南大陸とのアマンダ海峡にて大艦隊と睨み合っている。
このまま強行突破すれば、双方に多大な死者を出しかねない切迫した状況である。
「一案があります」
航海士が挙手をしたが、
「却下」
と、女医が勅任艦長を押し退けて即答。
賢者はアイテムの召喚を使いすぎて気絶中だ。
今、彼女に悪戯をしても絶対に気が付かない。
「艦長、裾、捲らないように」
女医の鋭い視線を背中で受ける。
本当に気絶してるかどうか『確認せんとな...ほら、クルーの状態を把握するのは、艦長としての役目だから』とか何とか自分に言い訳しながら、彼は少女のローブを裾から捲ろうとしていた。
女医は、『コレは私のだから、触るな!!』とすごい剣幕で噛みついている。
「い、いや、これは私の軍人としての...あ、あれだ責務で」
と、苦しい言い訳だ。
再び、航海士が挙手している。
「だから、却下!」
「何故ですか!」
航海士だけでなく他の士官も女医を注視している。
「黒い海に入ったら、南西大陸側へ抜けられる保証がないからだ!」
女医が『煩い』と一蹴した。
「航続距離の短い軍艦が、補給の手立てなく長距離航海は自殺行為だ! 逃亡の為だけに生死不可能な海域踏破なんて行動が許せるものか!!」
「もっと現実的に言えば、今、この船には私が乗っている」
女医がばばーんって胸を叩いて見せる。
本当は、自分の存在を称えただけなのだが、見事な巨乳がぼよよ~んって揺れて上甲板の男衆を勇気づけただけに終わっている。単純な話だが、歓声とか喜びとか、『生きてて良かったー!』なんて声も聞こえた気がする。
女医を見て拝んでるのもいる。
「ま、まあ...」
勅任艦長は、ロリコンなので女医の諸動作には無反応だったが。
「何をなさるのですか?」
一応、真面目に問うてきた。
「そ、そりゃあ、対話よ」
◆
大艦隊とノーザンフリゲートの中間距離に小さなスループが停泊している。
東洋王国が所有する王族専用船、つまりはレジャー目的で建造された豪華な船だが。
内装の飾りつけなどは、海の迎賓館なんていう噂のある船でもある。
この船内には、女医と付き添いの勅任艦長が乗り込んだ。
未だ気絶中の賢者はお留守番である。
「ほー。女医とはまたずいぶんと酔狂な恰好をしておられる」
嫌味たっぷりな視線を送ってきたのは、東洋王国第一皇子。しかし、彼は継承権を剥奪された身分なので、今はその継承権をもっている人物の付き添いでここにある。
皇子の妻にして、南洋王国の第三皇女、現女王の妹だ。
しれっとしたすまし顔で席につくと、彼女は女医をまじまじと品定めをしてハンカチを口元に。
「ここの風は汗臭ぅございますね」
と、小さく呟いた。
旦那もろとも意地の悪い連中にみえる。
「いやいや、まさか妹が出てくるとは」
女医もひきつった表情を隠せないでいる。
「姉の相手に他の者では役不足であろう、 朕が出向いてやったのだ光栄に思うがよい」
上から発言にじっと我慢の女医も珍しい。
勅任艦長も目の前の第三皇女は知っている。
現女王がビッチなら、妹は悪党といった関係だ。
先代は、結婚でもして子でも為せばあるいは、性格が変わると思っていたが。逆にこじらせたきらいがある。まあ、今のところは聖女様なんて外向きの噂しか聞こえてこないが、今、対峙しているこの状況には、聖女様という顔は微塵にも出てこないのだろう。
「時にだが、私たちは道に迷ってな」
「ほう? 道に迷ったついでに無銭飲食とは堂々たる無法者であるな」
威勢の良かった旦那が青い表情をしている。
これはだいぶ、尻に敷かれているな。
「そ、それな。代金は払う故、外海へ...公海に出してくれまいか?」
卓上に金貨を山積みにして見せている。
交易で得た財宝の一部でもある。
皇女は女医の視線を外して、彼女の後方にある船を見ている。
マリンブルーに輝く美しい船体、横帆組の快速性、何よりも砲門から覗く魔砲。
「あれの口径は?」
勅任艦長に向けられた言葉だ。
「24です」
皇女よりも、士官が『24?』と不思議そうに口に出し、皇女の視線が艦長に向けられた。
「本当のことを申せ!」
「36です」
「何門ある?」
「口径は統一していませんが、我が方の艦は、28門搭載艦です」
皇女の興味は船に向けられている。
士官を呼び、耳元でなにやら相談していた。
「相当重そうな積み荷だな、姉上? 如何ほど儲けられたか」
「は? え、あ、何を言っている」
「そう誤魔化す必要もない。朕に船を寄越せと言わせる前に積み荷を差し出した方が賢明ではないか? それとも、商売上手な賢者を譲ってくれるのかえ?」
南蛮国でのことも情報として筒抜けのようだ。
誤魔化すと事態はもっと悪化するような気がした。
「分かった、対話をすると決めた時より宝物は手放す気でいた」
「ああ、やっぱり姉上は物分かりがいい。あなたから国は得られませんでしたが、では、船の武装解除をお願いします」
勅任艦長が隻を蹴り飛ばした。
他の士官たちが皇女を守りに割って入る。
「武装は交易品ではない!」
「うーむ困ったな、南洋の連中は交渉が下手なようだ」
賢者が空間転移で船内に転がり込んできた。
いや、転移門のあたりに躓いて船床に倒れ込んでいる。
「大丈夫か、お前...」
女医はすぐさま賢者の下に駆け付け、鼻から血を流す少女の手当てをする。
「出現には驚いたが、これがかの賢者か?」
「商売上手とのお褒めの言葉を頂き、恐悦至極に存じ上げます」
「でも、まあ。皇女殿下の態度は、南洋王国現統治者に対して無礼千万といったところでしょうか。
ご姉妹なのは置いといてですね、船倉の財宝は差し上げますが...ボクと女医さんの新しい仲を守るために、それなりの対応というのをさせて頂きたい」
賢者の通ってきた門から、戦斧と大剣を担いだふたりの騎士が現れる。
フルプレートメイルでヘルメットの意匠がスライムに誂えられている騎士だ。
「こ、これは?」
鎖国中で世界に疎い人たちでも魔物と戦う人間社会の噂くらいは入ってくる。
スライムの意匠を誂えた騎士が西欧地域で大暴れした噂だ。
だが、正確にはスライムを帽子代わりに載せている魔人が大暴れしたに過ぎない。
スライムの種には、時々回復魔法がすこぶる強力な個体がでてくる。こういうタイプのスライムは、魔人とパートナー契約を結び、世界中に楽して旅行できる特権を得られる。
そこで、スライムたちは回復魔法の習得を他の種族よりも真剣に取り組んで体得していくのだ。
彼らは彼らなりに励んでいる。
「ボクの護衛。で、さあ... この状況って本当にどっちが有利か分かる?」
賢者が鼻血を流しながら悪戯っぽく微笑んだ。
ふたりのスライムナイトは、論外な化物だし女医と艦長は単なる亜人。
皇女は『ふふふ』っと鼻で笑って、やや引きつりながら。
「い、いいでしょう!た、宝なんていらないわよ」
「あんたの国に勝手に帰るといいわ、もう!」
最後はやけくそみたいな口調になっていた。
事情がよく分かってない皇子が妻に説明を受けている。
賢者は、女医ににっこり微笑み。
「はじめまして、南洋王国の女王陛下で在られますね」
「ボクは、第八代・魔王です」