-254話 バイブルトでアルバイト ⑤-
「密かに品質の向上に努めてみたところ、思わぬ人材に出会う事となり課せられました、ノルマを見事達成する運びになったこと、ここにご報告いたします」
工房に努めているコボルトの秘書官が、エサ子を前にして深々に首を垂れて立っている。
オフィスレディ然とした、八分丈のキュロットパンツにスーツの中衣のようなベストを着こんでいる彼女は、腰の前に手を添えている。
雰囲気は、ポメラニアンの大人しいタイプのだ。
ふわふわの毛並み、小さく円らな瞳、ほわっとした当たりの優しそうなのが特徴なようだ。
「ほかの地域と、張り合える?」
「ええ、問題なく。ハイクオリティの量産化にも成功しました」
なかなかに頼もしい言葉が返ってきた。
鉱石採集はなかなかに骨が折れるという現実がある。
まず、採集地域によっても異なる物の、目当ての鉱石が必ず出土するとは限らないというアバウトなランダム率が設けられている。これも、攻略要素のひとつに繋がっている。
鉄鉱石では“赤鉄鉱石”が一番人気だ。
続いて、砂金も取れる砂鉄採集も人気だった。
これは、製鉄技術がたたら製鉄に由るものだ。
「量産化とは、凄い事だけど...種明かしを聞いてもいいかな?」
「ある人物のアドバイスにより、組成術式を教授されまして...」
「組成? ってまさか...」
「ちょいちょい...」
手招きでコボルト女史を呼ぶ。
不思議そうな顔をした彼女は、エサ子の鼻先が係るまで近寄ると――
「それさあ、仮にだけど...何か壊さなかった?」
「あ...」
「あ、じゃなくて。組成術式はさ、複数の高位魔法を組み合わせるって聞くけど...それ、何か壊さずにできるの? ...今回は多めに見るから何を壊したか言ってみなさい」
両腕を女史の肩に置いて白い視線を投げる。
彼女は直視も出来ず、ずっと俯きながら。
「い、いえ...壊したというよりかは、失ったというか」
「失った?」
「は、はい。レアな鉄鉱石に変換させるために“屑石”のレアリティで上書きして...」
屑石とコボルト女史は言う。
このゲームにおいては、採集品に無駄が無い設計になっている。
例えば、薬草を摘む際に勝手に増える草は、香草だったり山菜だったりすることがある。
単に採集者と採集品とで齟齬が起きているだけで、無駄なものは一切ない。
目当てのもの以外は、NPCに売るなり、バザーに出すなりして金策に還ることが出来る点は非常にやりがいを感じるところだ。
これは、なにも個人だけの話ではない。
バイブルト州の鉄鉱石産業の他に“鉄鉱石ではない”鉱石の出荷数は、目当ての商品よりも4倍近いトン数を稼いでいる。その中には彼女が“屑石”と呼んだ、“珪石”が含まれていた。難易度の高いガラス職人たちが利用する原材料であり、加工前と後では価値に雲泥の差ともいえる差異がうまれる。
これの加工職人が街に多く、彼らが安く仕入れて彫金の都マラディン州へ出荷されているという。
その珪石のレアが材料になって、コモンの鉄鉱石をグレードアップさせたという話だ。
「え? ま、マジ...」
「吹き飛ばした訳じゃないですけど...」
頭を抱えたエサ子は、いささか性急に答えを求めすぎたのではないかと反省する。
「やっぱりダメですか?」
「うーん、その“屑石”と呼んでるのも、他の産業で使っているものだから...手を出さないで。えっとね、できればスキルを利用してほぼ、誰もが納得して国の支えになるような職人の仕事にしたいというか...」
エサ子は歯切れの悪い対応になっていると猛省している。
これは、急かした彼女の責任が大きい。
返せる借金と、領主が変わったら国が豊かになったと、市民が笑顔になったらいいな――と、単純にそう考えていた。だが、一朝一夕で事が成立すると思ったことは間違いだったという単純な話になる。
急がば回れだ。
「それと、もうひとつご報告が...」
「うん?」
「兄弟子がですね、バイブルト産の武具を販売するというのはどうか?と、提案しているのですが」
クッションを直して座りかけた、エサ子の動きが止まっている。
後ろに蹴っていた椅子を引き寄せたままの状態だ。
「え...な、今、なんと...」
「武具をです」
◆
バイブルトを一望できる丘に陣を張っていた傭兵団は、マルと“ゆかいな仲間たち”を伴いバイブルトに入城していた。周辺にあった魔物の気配が無くなったのと、死人が一夜にして土に還ったことが切っ掛けで、都に入る決断を下したのだ。
緋色の冑は、バイブルトの街からギルド職員がやってきて、救援要請発生を告げ、ゴーレム100体と共に“目的地:マルティア”へ発っている。彼らがこの場に居ることは、ギルドの伝令を通して、しばらく前から知っていた事実に由る。
また、暫くは戻る様子もなく、彼らの陣地に残された荷物と共に陣営がそっくりバイブルトにある。
傭兵団は、立派な冒険者ギルドに顔を出して城内と州内の情報共有を申請した。
「申し訳ありませんが、こちらではギルドのサービスを受けることが出来ません」
明らかにギルドの関係者と思える職員からの応対に対して、傭兵団の副隊長が怪訝な表情になった。
「我らは帝国と、英雄評議会からの代理としての立場もある。ギルドの緊急治安回復要請を受け、この地にある故に、現状の国内情勢を今一度確認したいとお願いしている」
「ええ、お話は分かっていますが。当支部では、そのサービスを履行することが出来ないのです...」
職員は困った表情を浮かべている。
カウンターから身を仰け反らせて、後方に控える人影に助けを求めていた。
「これでは埒が明かんな」
「いや、そうでもないぜ」
奥から、暇そうな剣士が姿を現す。
槍使いがモーリアンと狩りに出ているせいで暇を持て余していたところだ。
「そちらは?」
「名乗る者でもねえよ。まあ、この館を建てたもんの縁ある者さ」
「そうか」
「ここいらは初めてっちゅう顔でもねえな?」
腰に下げた柄に腕を掛けた、兵士が大勢いる。
傭兵団の見た目は、盗賊か山賊にちかい。
これで、今までよく大事にならなかったと思えるほどの風貌の悪さだ。
「今、この国じゃあ、どこもギルドのネットワークが寸断しているんだ。伝令やなんやは出しちゃあいるけどな、昔ほどの強靭なものじゃあないからよ。あんたらが欲しがっているネタってのも、自分たちの足で歩いて視て回った方が早いかもしれねえぜ」
剣士は、そう言い残すと職員の背中を押して奥へ引っ込んでしまった。




