-1.5.9話 捜索-
南洋王国での実践向き演習を終え、賢者の指示の下で大量の交易品を積み込んだノーザンフリゲートは、東の海を目指していた。この世界の七つの海は、北西大陸と中央大陸を挟んでふたつの海域が存在し、南極と北極にそれぞれの名を持つ大海と、南洋王国のひとつ、極東諸島にひとつ、単にぽっかり空いた穴のような大海がある。
手つかずのフロンティアの一面はあるものの、この海は黒い海と呼ばれた。
現在、魔王軍でさえ侵入していない。
黒耀眼の艦隊の目撃情報は、中央大陸南部の交易路から始まり7年前と同じように南下しているというものだ。だが、こちらから探しに行くのは愚行と言わざる得ない。これは、勅任艦長も同じ考えだが、賢者は交易品で遊ぶ女医を冷ややかな蔑視を送り、簡単なことだと献策する。
「要するに、砲蓋を閉じて交易船だと思わせればいいんです」
と、艦長と幕僚は納得し理解してくれた。
「その為の交易品ですか」
「実際に売買して建造費を稼ぐ狙いもある。だから、準国宝めいた商品を載せてる」
と、交易品に視線を向け小さく項垂れた。
交易品の金細工を身に纏う女医の姿がいつかの裸族を髣髴とさせた。
まあ、赤貝が見える訳ではないが、下着が丸見えでも気にしない性格は改めて欲しい人だ。
「この痴女、本当に医者ですよね?」
賢者は、女医に不審な糸目を向けている。
「大丈夫、大丈夫、私は名医だから...失敗しないので!」
「どこからそんな自信が湧いてくるんです...」
女医は宙を仰いで、不意に胸元へ視線を落としお腹の当たりを両手でさする。
「腹を括れば、何事も万事決まるものよ」
なんて、訳の分からない理屈だったが、次の寄港地で降ろす訳も行かず諦める。
艦長の方は、女医を知っている雰囲気で苦笑いしかしていない。
いや、幕僚のみんなが知っている――有名な痴女...なのだろうかと、賢者は苦悩する。
◆
ノーザンフリゲートは、寄港地に寄ると必ず注目の的になった。
船の外観はどの国のよりも美しい。まさに貴婦人と形容されて当たり前のような雰囲気があった。
今現在、この船ほど美しい外観をもつ帆船は存在しない。かの帝国でもおそらくはイメージさえ難しいだろう。だが、これからは競ってこの船を作るのだろう。軍艦や交易船に新たなステータスが加わった。
機能美というステータスだ。
さて、賢者は煌びやかな貴金属を纏った女医とともに交易所にまわって、この痴女を観衆の目に晒して回った。これほどの美女?と宝石を積んだ交易商人が居るぞと周知させたかったからだ。他にも賢者は、黒いターバンを巻いた怪しい交易商とも商談に勤しんだ。
この時は、女医は商館のロビーで必ず待たされた。
「まさか自ら来られるとは思いもしませんでしたが。何か要り様でしょうか?」
交易商は自ら紅茶を立てて賢者に勧める。
その紅茶を受け取ると、
「黒耀眼の艦隊について動向をしりたい」
交易商は目を細めて、ひとつ深くため息を吐く。
豪商にして文化人という趣を持つ彼は亜人だ。狸っぽい顔に太い尻尾がそれらしく見せるもそれ以外は人間と大して変わりがない。亜人は、人の姿の方が強い種族だ。逆に獣人は獣の方に重点が置かれ、2足で立ち、歩き走りもするものの獣的な思考にちかい。
狡猾な一族もあるが、森での生活を好む。
亜人の交易商は、兎に角、光るもの金や銀などを愛した。
守銭奴とも呼ばれたことがある。
その分、わかり易いといえる。
「凡その検討はつかれていると思われますが」
交易商が賢者を上目使いに仰ぐ。
彼女の不適な笑みが恐ろしい。
「7年周期といわれてな」
「このまま北上した、東洋王国領で遭遇すると思われます」
交易商が卓上の世界地図で、細かい島々が浮かぶ地域を指差した。
かつて世界政府の盟主国と激しい海戦を行い、これを退けた海洋国家だ。
人間同士での海戦において恐らく世界最強であろうと言わしめた国。
「出来れば、公海上で遭遇したいものだな」
警備艦もフリュートやブリックを用いる南洋王国と違って、軍艦レベルのが差し向けられる東洋王国は眠れる獅子扱いだ。領海内で他国の軍艦が海賊とはいえ交戦すれば、即、戦争行為だと思われる可能性が高い。これだけ融通してくれた南洋王国に仇を帰するのは流石に気が引けた。
「根回しが出来たら良いのですが」
「それが出来るのなら、こんな回りくどいことはしない」
賢者の言葉に交易商が怖がっている。
「お前に怒ったわけではない」
と、宥めて警戒を解いてもらう。
さて、彼女は静かに思案する。
「使いを出してくれ――」
「どちらに?」
「次の寄港地にだ、東洋王国の手前で準備を整える。それと、砂糖とリキュールなのだがな、砂糖の樽はひとつ1800レアル、リキュール樽は2000レアルで置いていくが?」
と、賢者が交渉に入る。
交易商も目を白黒させながら、砂糖の状態を見てみたいと押してきた。
「サンプルがある、これで価格を決めるが良い」
小さな樽を渡す。
湿気に十分気をつけて、油紙とパルプとでしっかりと栓を施した樽だ。
手のひらに載せた白い粉は、結晶の細かなさらっとしたもので製法の高さに感嘆する。
「この精製技術ならもっと出せますが?!」
「それは商品違いだろう」
と苦笑した。
ロビーで待ちくたびれた女医を起こすと、賢者は小さく詫びた。
「有意義な話は結局できたのか?」
「ま、相手の検討がついたくらいかな」
賢者は肩を竦めた。




