-221話 シィルトの戦い 二日目 ③-
北の起伏を利用して迫るのは伯爵子飼いの騎兵部隊。
伯爵の手で、一から育てた騎士たちだ。
彼の腕の動きだけで、何を考え伝えようかを瞬時に読み解くよう訓練された者たちだ。
その彼らをすべて、王に遣わせているのは、伯爵がかのエルザン王を信じているからに他ならない。忠誠を尽くす王だと――その考えに、騎士たちも誰一人とて疑っていない。解き放たれた矢は、ただ一心に敵を屠るのみと胸に抱いて駆け抜けていた。
「見えた!」
先頭を走る女騎士の声に、仲間の視線が一斉にカタパルトの影を捉えている。
冑の隙間から見える、ひどく狭い世界を。
「全軍! 紡錘陣形ーっ!! 一気に突き崩す!!!」
やはり先頭の女性が声を掛ける。
その左右に展開する、男女ばらばらの騎士たちが、新たに生まれた家名と共にともに鍛え、育てられた孤児の騎兵団が続く――その数2万人の軽装剣騎兵団。
「我に、続けぇー!」
◆
老将は、大公より許しを得て自らの家名に従う兵を寄せていた。
彼の兵は、彼とともに戦場を駆けてきた戦友らであり、大公の命を救ってきた猛者たちだ。
本来ならば、大公にとっては老将は、手放したくない逸材である。
善き相談役で、大公の良心である。
公が王になるなら、老将は王の手になる存在だ。
その老将は、若きエルザン王の目付になることを強く願った。
その願いは叶った――『あの王は、自分の立場を理解して居られる...故に分かったうえで憎まれようとしている。その次が善き王になられるように、いえ、そのように迎え入れられるように...』。
「歩兵はついてきているか?」
老将が同じ歳にみえる騎士に問うている。
彼はちらっと後方へ視線を流して――
「ああ、槍兵と剣楯兵が一塊になって走ってきている」
「あいつらには、俺たちが恨めしいんじゃないか?」
「騎兵をか?」
老将が騎兵をクラスに選択したのは、貴族としての習慣でしかなかった。
家から下賜された財産と言えば、馬しかない身分。
家は、王国の貴族の中で名家を誇った。土地と街をもっていたが、名が戦場でも宮廷でも持て囃されるほど有名になったことはない。爵位だけ伯爵と聞こえだけは良かった。
その妾腹の男子には馬しかなかったから、騎兵になったわけだ。
彼には天賦の指揮官という才能があった。
貴族の副官として人生の大半を過ごし、大公の側近或いは、シャフルの翼将と呼ばれた老将には、思い残すことはもう幾ばくも無い。
こころ残りがあるとすれば、少々期待を寄せていた王の治世だろうか。
この戦闘が終わった後を見届けられるとは、思っていなかったことだ。
「やはり、北の連中が早かったな」
老将の副官が呟く。
南の兵団は、歩兵を中心としている。
わずかに俊敏ではあるが、馬と人とでは機動力に差異が生まれて当然だ。
それでも踏破距離は、南が一番短かった。それを北の騎兵は、大方の予測通りに一番槍を取ったことになる。土煙があがり、どこからでも、その激突が凄まじいとわかる状態にあった。それは西の丘陵を要塞化させた王にも見えている。
混乱する敵陣地の南からも、老将の軍が迫る。
「全軍! 突撃準備ぃー!!」
副官の爺がありったけの声で吠えた。
全軍を鼓舞して回る。
◆
「北部より、敵騎兵が突撃し投石器が3基、破壊されてしまいました」
伝令兵がゲルを出ていく。
それとは、別の兵士が皇子の前に出ると、膝を屈して伏せる。
「報告します。南寄り敵の混成部隊が接近中です」
「これが皇子の性能か? 記憶にない...いや、一度も対等に接したことがない...か」
「閣下?」
副官の視線が気になる。
「なんだ...」
「ハイファ卿を南へ」
ハイファは、銃士5千人将であった。
副官の意図は、この銃士隊に混成部隊の突撃を阻止させようとする意図があった。
緒戦の長弓兵から受けた攻撃によって、2千人の兵が動けなくなり、糧秣の現地調達で5千人ちかい兵が方々に散っている。南北から迫る兵に対処できるのは、1万強或いは切っている兵しか残っていなかった。
王都からの援軍も見込めない。
「よい、任す」
「御意」
副官は、ゲルを抜けると、ハイファを南に展開させた。
横陣を敷いたハイファは、長銃を用意した上で長槍兵も混成で布陣させている。少なくとも、槍衾によってリーチを稼ぎ、騎兵の突撃を防ぐ狙いがあった。
◆
〝見えた!!〟
両軍で認識し合う。
老将が先頭で率いるのは、装甲騎兵だ。
馬にも鎧を纏わせて、全身甲冑の騎士が乗る。
軽量かつ丸みを帯びた、大きな馬上楯や手元から肘までを隠す馬上槍を掲げている。突撃の際に必要な武器である以外は、保護目的の笠状部位は必要がない。
その騎兵の副官が敵の布陣を見てやや、躊躇してみせる。
騎兵の突撃の前に銃士隊が展開している為だ。
「おい、こ...」
「構わぬ、このまま突撃する! 今更止まれば恰好の的になる!!」
「いや、しかし...」
副官の隣まで馬を寄せると、左に抱えたカイトシールドで彼の身体を叩く。
老将の目に怒りが満ちている。
「構わぬのだ! この先止まれば、我らは失速する。後続に続く歩兵らも混乱する! だから、例え全滅してでも突き抜けて、今、元気な兵団をこの場で足止めするのだ!!」




