-216話 群雄割拠 ②-
教会前に集まった民衆は暴徒と化した。
フラストレーションの堰が切れたのは、司祭による嘲笑いから発している。
いや、実際にはひきつった表情だ。彼の存在こそ旧時代の教会の姿であり、象徴だった。
神の奇跡は確かに存在する――所謂、神聖系魔法の類がそれに当たる。一般の市民にとっては回復魔法や抵抗魔法は、とても習得に至れるものではない。
NPCと冒険者の間には、決定的な隔たりがある。
魔法に適応するセンスの有無の事だ。
だから教会が販売する“聖水”を買い求める他ない。
“聖水”は、神殿の奥にある湧き水を“竜を御する乙女”の股下から、染み出させることで作成している水である。仕組みは単純な話だが、効能が無いわけではない。取水地の源泉に古代語が刻まれた護符石が沈められている。
泉自体にも魔力性の高い硬水である必要条件を満たしていれば、半永久的に“至って普通の水”が奇跡の“聖水”になる仕組みである。これを教会は高値で売ってきた積み重ねがある。
それは、販売実績ではなく純粋に恨みの積み重ねだ。
旧時代の象徴でもある司祭が登壇すれば、場も荒れて当然だ。
火薬庫に火を投げ込んだ。
子爵は、爆発までのお膳立てを南エルザン王国が、整えてくれたことに感謝している。
身内とはいえ、子爵でもそこまで理性的かつ冷酷に、事を進められなかった。
現地の状況は凄惨だという報告が入ってくる。
大理石で建造された教会は、猛烈な炎に包まれて、およそ無関係な聖職者は生きたまま焼かれた。
聖堂の奥で股を開いて、膝を屈している乙女像だけが、無事だったというのは何かの皮肉なのだろうか。
例の司祭は串刺しにされて、瓦礫となった教会の前で高弟とともに晒されている。
これを重く見た教会派という、貴族たちは治安維持の目的で州都に軍を入城させた――時を同じくして、法国より征伐令が発せられ、法国となって初めての“神の代理人”として征伐軍が派遣されることとなった。
◆
「何たる失態だ?!」
金で誂えたカップを暖炉に投げ込んだエルザン王は、激昂した。
叔父の太い腕に巻きつかれる間まで、彼の癇癪が続いた。
「よせ、この責任はお前にもある」
「な、なんと?!」
理性の無い者を諫めるのには勇気がいる。
無能であると、理解して軽い神輿と割り切ってくれるものだが、勘違いしたものが座るとろくなことにならない。南エルザン王国はまさしく、勘違いの王が台頭している。
彼が、玉座にあるのは血筋だけの話だ。
先代王の実弟には、継承権は無い。正統性を語るにも末弟王子が生きている間は、彼に正義がある。ならば、その次代の王に尽くせばよいという考えに至る。南エルザン王の妃にはシャフル大公の娘が嫁いでいる。見目麗しい才女だが、夫がこれでは結婚生活も、とうに破綻していることだろう。
幸い、子種を獲た。
実家であるシャフル州に戻り、次代王の誕生を待っている最中だ。
だが、未だ、彼を退場させられない。
イス州との戦いが迫っている。
「よく聞け、ダフークの事は、伯爵に任せておけ」
「叔父上!」
「いいから、今は口を挟むな」
「はい」
「イス州に動きがあった。これは可及的速やかに国境へ軍を展開する必要がある...ここまでは理解したか? 陣頭指揮はお前だ、王よ...お前が軍団の指揮を執るのだ!!」
子供に言い聞かせるような、分かりやすい言葉を選んでシャフル大公は、彼の耳元で囁いている。
大軍を率いる術は彼には無い。
しかし、この場合の旗頭が、南エルザン王しか居ないのは事実だ。
大公も自分の領地に戻り、国境に守備軍を展開する必要がある。
「叔父上が警戒する兵力とは如何ほどにございますか?」
「物見によれば、4万と少し多いという報せだ」
大公の腕を押しのけると、無邪気な王は爆笑していた。
大公のひきつった表情を見ると、更に大笑いしている。
「なぜ...笑う?」
「4万ですか? この国に対して??? いや、叔父上と挟撃すれば容易く捻り潰せるじゃないですか!!」
「数の話でならな」
大公の呆れた表情は、王に見せていない。
いや、彼が見ていても意に介さないだろう。
「お前は末っ子だ。だからもっと人見て、観察すべきだったんだ...お前の兄たちは狩りが上手い。俺の兄、お前の父だが...あれも戦の出来る人間だった」
「父も兄らも、あの映像で処刑されたでは有りませんか、何を今更...」
溜息が漏れた。
いや、部屋の中に居る者、すべてから聞こえたような雰囲気だ。
「そういうお手本が、近くにあったのにお前は逃げることばかりで――」
「いや、出来上がってしまったお前には酷な話だな...」
「?」
「4万の大将は、お前の兄だ...二番目のな」
◆
国境なき傭兵団が左翼将を失って5日ほど経つと、“ザボンの騎士”から助っ人が到着した。
魔法少女マル・コメと、三銃士の支援だ。
「カーマイケルに請願されて参加しちゃったけど、これ大丈夫?」
2体に増えている怪鳥型ゴーレムだ。
航空爆撃とか余計なことをしなければ、悪目立ちしないだろうと思われた。
「ええ、たぶん。輸送程度ならば、問題ないかと」
と、副将も気にはしていなかったが。
問題は十分にあった――そもそも魔法による空輸は、当然、開発された輸送システムの一つだ。だが、そのシステムは、費用対効果がすこぶる悪い。魔法使い1人につき荷馬車1台までが限界だ。そしてMPの消費量は、距離によってさまざまだった。
距離によっては、馬車で移動した方が効率がいいという場合もある。
そこへ新たな空輸モデルが発見されるわけだ。
マル・コメが作成したゴーレムの空輸は一度に数台の荷馬車を運ぶことができる。勿論、粘土巨兵を最大6騎も運べるという優れものだ。
「兵隊の補充はどうしよう?」
マルが副将に問う。
彼女上目使いが気になったのか、副将が膝を屈して、目線の高さを調整してくれた。
「これで、私の目...見やすくなりましたか?」
「あ。うん...ありがと...」
頬を赤くしているマルがある。
「まあ、今までの戦闘で魔物たちに引っかかれたり、噛まれたりすると毒が体の支配を奪うのだという事を知りました。またこれは、NPC、PCの例外なくという事象ですので対処法は今のところ、壁越しに対峙する外。ないという事です」
「じゃ、ゴーレムは必須だね!」
「作って頂けるのなら、是非ともお願いしたい」
「うん。分かったー!」
マルは、にこっと微笑むと、怪鳥型ゴーレムの方へ走っていった。
この数刻後、傭兵団の兵種一覧にゴーレムの名が浮かび上がることになる。
その数、100体。
見てくれの可愛らしさなどは、製作者の趣味であろう。
ただし、頭が100体すべて“スライム”なのは、どういう事なのだろうと傭兵団の間で疑問符が浮いていた。




