-213話 魑魅魍魎の街 ⑦-
詰め所に戻ってきた一行は、兵士の食卓として使われていた、縦長のテーブルの上に街の全体図を広げた。
「魔物の出現は、スラム区画がほとんどだ。おそらくは、路上にも寝転がっている人間の数が圧倒的に多いからと思われる。し、薫子さんが発見されたのも、この地域の近くだ」
と、モーリアンが告げる。
彼女の情報は、“黒曜石の小剣”パプリカという戦士が持っていたものだ。
まあ、情報といっても目的もない旅の中で得たものだから、得た情報を金や物で交換するということをしなかった。少し変わった冒険者だった。いや、価値について疎いと思った方が良さそうだ。
戦士のツレである騎獣の白熊は、ここでも納屋に通された。
その納屋ときたら、怯える馬の嘶きが止むことのない騒然とした場になっている。
《新顔がまた増えやがった》
《ありゃあ、さっきの納屋にいたクマじゃないか?》
グリフォンらが震えあがっている、二頭の馬を揶揄っている現場に遭遇した。
悪戯とも言えなくもない。
グリフォンの主食が馬肉だと思えば、いつ襲われても不思議ではない状況だ。
《俺は白熊だ!》
《その違いに何があるんだよ》
《まあ、体毛かな...》
言われてみれば、出自の一党が違うだけで大した事もない。強いて違うところと言えば、体毛と住んでいる地域くらいしか思い浮かばない。そうそう、温かい地域は体毛の下にある脂肪分が弱点になって、動きが鈍るというものがある――と、自身で解説してみた。
《離れたところのお仲間は、お前たちとは協調して馬を虐めないのかね?》
グリフォンらの視線が、別の屋根下にいるグリフォンに向けた。
《いや、あいつは馴染まないというか...いいんだよ》
《そうか...》
白熊は、馬とグリフォンの間に陣取った。
勿論、馬たちを熊の影に隠す形で座り込んだ。
《お、おい》
《なんだ?》
いや、なんでもない――という言葉を残すと、グリフォンたちが別の屋根下へすごすごと引き上げている。
それをさせたのが、彼らが一瞥したグリフォンの殺気に満ちた視線に寄るものだ。
《ふん、そういう事か》
白熊が呟いたが、奥のグリフォンは知らぬフリだ。
《...俺の立場がないじゃないか》
馬は理解していない。
◆
パプリカの目の前には、エサ子があった。
そして眼下の皿にはメロンパンがある。
「なかなかの好敵手...」
「ボクに譲るという選択肢は無いのかな? パプちゃんは...」
「あると思います、私も好物なのに??」
ふたりの睨み合いは続く。
見かねた槍使いが、彼女らの間に入ってきた。
「子供っぽいやり取りをしないの! ほら、ふたりとも仲良く分けて食べなさい」
と、包丁が縦に一閃入る。
皿ごと真っ二つにすると、そのメロンパンをふたりに与えた。
震えた瞳でふたりが槍使いを見上げると、彼女は微笑みながら――
「喧嘩しちゃダメだからネ!」
と、告げていった。
「エサちゃん...あの人...怖いよ」
パプリカが涙目になっている。
白熊にも物怖じしなかった戦士が、ちょっとチビったかも知れないなどと呟いている。
エサ子もメロンパンの切り口を見て怯えている。
「モーリアンの奴、姉上に何を教えてるんだ」
◆
台所から戻ってきた、槍使いの目に剣士の姿が映る。
「INしたなら、通知くらいは送ってくれよ」
剣士が戸口で声を掛けると、モーリアンが間を遮ってテーブルの方へ引き寄せた。
「いいか、今、悠長にそんなハグしている場合じゃない」
「いや、薫子さんを見つけたのなら」
剣士の言葉を、薫子自身が遮った。
「私の捜索は結構ですから、ここからは私の依頼を受けてください」
「あなたの依頼?」
「はい」
薫子のセリフの途切れたタイミングから、モーリアンが入ってくる。
「事態は単純だ。市民を怪物の手から守る! これが最優先事項になった」
「ちょっと待ってください。どこから、そんな...」
剣士は、ニーズヘッグの使者でもある。
事態の急変により、一刻も早くこの地域から脱して態勢を整える必要性を剣士に託した。彼の目的は、モーリアンが見つけた薫子と槍使い、エサ子の回収だ。それが出来れば、ミッションコンプリートとなるわけだ。
しかし、当の本人たちは、自分の事より他人の為に動くことを既に腹を括って挑戦しようとしている。
一体どこからそんな、発想に至れるというのか――剣士には理解しがたいものがあった。
「剣士にも役回りがあるから、ちゃんと聞いていってね」
槍使いも覚悟を決めている様子だが。
「俺は、槍使いを心配してたんだ! だから一刻も早く――」
「うん、わかってる。連絡するのが遅くなった...それ、ごめん。でもさ、一人だけ、自分の保身のために今、この場から逃れるのってさ、ちょっと格好が悪いっていうかさ...」
「恰好が悪くたって...」
「ううん、そうじゃない。本当は、私と同じ歳の子たちが駆り出されてると知った時、なんか...恥ずかしくなったというか...あ、違うかなぁ。...多分、悔しいんだ。ここで逃げたら、悔しいと思うかもしれない...だって、非力じゃないんだよ? 冒険者っていう、誰もが主役になれるゲームの中でも責任から逃れて、放り出すのって悔しいと思ったらさ...」
「でも、それで傷ついたら...お、」
「だから、剣士が傍にいて、私を守ってくれればいいじゃん!」
恐らく、物凄く情けない表情を浮かべた剣士が其処にいる。
眉根を寄せて、愛おしく槍使いを見つめる剣士の顔。
「ああ、そういう選択肢か」
「剣士の席は、私の隣だから」
と、彼女は微笑んでいる。
「じゃ、皆も腹は括れたな?!」
モーリアンが、机の上の地図を見るように勧めた。




