-211話 魑魅魍魎の街 ⑤-
魔物退治をお願いしたいと、切り出した若い警備隊長とその仲間は、正門を守る兵士である。
都市警備の常設兵としても若すぎた。隣の州では統一国家を目指しているから、当然、このバイブルトも攻略拠点のひとつになっている筈だ。だが、この州は既にどこかの州と戦えるような状況にはなかった。
おそらく今、“軍門に下れ”という流れの親書を受け取った場合、抵抗せずに屈するだろう。
州内だけで44万人もの人口があり、うち1割が常設兵だとして4万人もの兵力があって人手不足とは、いったいどんな魔物が暴れているのだろうか――。
◆
バイブルト州の北部、アクラルの街に陣営を置いていた帝国征討軍は、東と南に橋頭保を確保に努める。
現在、自由にできる兵力は、2つのクランだけである。
そこで、“国境なき傭兵団”は帝国に資金援助を申し出る。
これに対し、“緋色の冑”側の異議が何度となく、唱えられている。
「その話は、先刻も申し上げました通りにですね」
「だから、何度も確認しているのだよ。金の無心をすれば、我々の自由裁量権というのを失われかねんと、言っておるのだ! 我らの殿下はだな...」
「まったく、埒があきませんね。そちらの『殿下は~御思いだ』とか『殿下はこう、申されておる』ではなく、殿下ご本人が質問されなさい! 我々とて貴方方を無視してまで強行するつもりはないのですよ。クランの規模からも、“緋色”さんのところとは比較できませんから」
傭兵団からは左翼将が現地に入っている。
かれらも持ち出し予算という資金をクラン本部から持ってきているが、できれば補給品として現地の雑兵を雇用する資金くらいは都合をつけたいと考えていた。これは、およそ反対を反対で唱えている、緋色も同じ気持ちのはずだ。しかし、彼らは何かと言うと、傭兵団の行動に口を挟む形で突っかかってきた。
その理由を誰も知らない。
これは、先の戦場で受けた屈辱的行為に対する、意趣返しを傭兵団に当てているだけなのだ。
本来、この怒りは人狼の戦士が受けなければ筋が通らない。
その人狼と隠者の一行は、南回りで楽しい旅を満喫している。
隠者にとってはさながら、早めの新婚旅行みたいな気分というのを風の便りが知らせていた。
「解せませんね、何が気に入らないのです?」
「...む、何もかもだと....殿下は――」
「申されておられるのですね。もう、いいです...最早、好き勝手に文句を重ねてください」
と、飽きられてしまった。
傭兵団は連名での資金調達を諦めるとして、帝国から共についてきた補給将校が宿泊している宿へ赴くと、左翼将自らが頭を下げて資金の無心を行った。将校は苦笑しながら、彼の恐縮しているその姿に微笑んで見せている。
「そちらでも準備金の幾らかは用意されているだろうかと、私共からは野暮と思って声を掛けませんでしたが、雑兵は現地で調達するのが習慣にございます。例えば、他国への侵攻であったり、魔王軍との戦いですと、国内で鍛えた精兵で当たりませんと...何かと難しいでしょう?」
「ええ、確かに」
「で、如何ほどご入用でしょうか?」
「それがですね、ここら辺に疎いのが難儀なところでして。因みにですが、エルザン王国の現状況を踏まえて、雑兵1人当たりの当面の給金とはどれ程のものなのでしょうか?」
と、左翼将はそれとなくエルザンの評価を質問してみた。
国内情勢は芳しくない。
州ごとで恐らく人口や、兵質にも差が出ると考えていた。
鉱山地域では兵よりも工夫の質がいいのだろう。または、職人だろうか――鍛冶職人や彫金など宝飾職人などもそうした、地域では高い給金を用意すれば雇用でき、専用の工房にて委託生産させられる。農場の盛んな地域であれば、農夫などを雇用すれば収穫も人数に応じて委託栽培してくれるという。
ただし、兵は別格だ。
人口の1割が常設軍という、その土地に縛られた軍隊だ。
一般的に、その領主が臨時で1割の常設枠を越えて兵役を市民に課すことができる。
システム上、これが徴兵令だ。
その上限枠は、人口の3割。削られるのは、州の生産力に関わる分野になる。
冒険者が傭兵や雑兵を雇う場合の人々について、仔細不明のパラメータらしいのだが、攻略サイトでは国内に流入してきた、難民などの移民者なのではないかという説がある。裏付けや実証実験にまで至っていないものの、国内の生産性に大きく影響を与えないあたり今、もっとも信ぴょう性のある説といえた。
エルザン王国内では、国内闘争の真っ最中である。
アスラでは、元豪族の一党がバイブルトに難民として流入している痕跡が散見された。
「通常、ある程度平穏であれば、銀貨100枚が相場でしょうな。しかし、この国ですと...」
電卓のようなものを指で弾いて、様子を探っている。
覗き込んだり、たたいたりしている。
「およそですよ、銀50で1人、あるいは2人。いけるのではないでしょうか...傭兵は、こういう場合どんな職にでも飛びつきますよ?」
「足元は見られないのか?」
「ええ、十分見てくるでしょうね...成功報酬、出来高制、どちらでも構いません。ボーナスの有無をちらつかせれば、初期費用を安く抑えられるでしょうね。しかも、やる気まで精強にして迎え入れることができますから、おそらく一石二鳥といった処でしょうか」
将校が金貨の入った革袋と、銀貨を敷き詰めた木箱を用意させている。
「しかし、緋色の方々は無心に来られませんね?」
「やはり、来ていませんか」
「ええ、流石に大公国のご子息ともなると、自由にできる資金は潤沢なのですかね?」
将校が紙面にて手続きの署名を残している途中で、
「因みにですが...」
「何か?」
「この工面によって我々の評価と報酬に変化などあるのでしょうか?」
「クエストを受けた際に必要な物資を受け取った時と、そうでなかった場合とで何か変化はありましたか?」
「と、言うと?」
「要するにですが、これも大口取引なのですよ。冒険者さま方のクエスト遂行に必要な物資は、いわば上限なしの消耗アイテムと思って結構です。これを利用してクエストが無事遂行できたとして、返還する義務も負いませんし、報酬に与えることもありません。むしろ、利用しなかった場合に難易度が上がっているだけでメリットはあっても、デメリットは生じない設計にございます」
書き終えた書面を、左翼将へ手渡している。
金貨は1千枚(銀貨1千枚=1枚)、銀貨は50万枚の木箱2ケースだ。
あまりの支給額に腰から崩れ落ちそうになった。
「えっと...」
「足りませんか?」
「いや、ええっと」
「これでざっと、5千人は雇えるでしょう。頑張ってくださいね」
左翼将のひきつった顔より、補給将校の微笑みが怖かった。
彼一人で仮庁舎に訪れたため、後日、荷馬車を用意して資金を受領していった。
これで、ようやくスタートラインだ。
傭兵団は、クラン史上初の5千人を率いて戦う兵団になる。
一方、緋色もそのすぐ後に帝国からの支給品をGETして雇用し、1万人を動員した。
兵質は、指揮官に似るらしい。
早速、緋色の兵団に不穏な兆しが見え始めていた。




