-208話 魑魅魍魎の街 ②-
バイブルト州の北部アクラル漁港の人口は、3千人くらいだ。
漁港といっても、海軍の軍艦を密かに造船できる設備を有しており、3千人の住民はその造船所で働く工夫たちである。年間造船件数は、4隻ほどで1隻あたり、3ヶ月ほど当てる。カモフラージュの漁港としての漁獲高もなかなか高いのが特徴だ。
長らく帝国も騙されており、正体を知った後はそのほかの都市も、入念に調べるようになったという。
イズーガルドとも物理的に近い、メンシィル州アスラから上陸しなかったのは、その地がすでにセイラム法国の手に落ちていたからだ。帝国の征討部隊の目的いや、大儀は、エルザン王国の治安回復を評議会に代わって果たすことにある。しかし、領国がエルザンであっても新しい別の国であると思い避けたのだが。
コレが後に、セイラム法国を暗黙のうちに国家として、認めたことに繋がってしまった。
帝国としては、不成立かつ不当なる輩として、征討の大儀に掲げるつもりだったという。
「これは、凡ミスだ...」
帝国から補給将校が同行している。
彼を通じて、損失した物資の手配を行えるものとしていた。
「あれ? じゃあ、征討理由にセイラム法国や南エルザン王国は入らないって、ことか?」
「いや、いずれ難癖をつけるのだと思うよ。我が国の皇帝ときたら、そういう嫌がらせだけは得意なほうなんだ...」
と、将校が零している。
「さて、まずは冒険者ギルドに顔を出した方がいいものだろうか?」
傭兵団らが、腰を上げるといくつかの小隊に組を分けていく。
その判断に緋色が異を唱えた。
「な、なにを始めるのだ?」
「なにって、周辺の巡回ですよ。我々は、この地に着いて間もないんです。先ずは、状況の把握。次にギルドに寄ってクエストを受けて処理しないと上陸した意味がありません」
と、正論が帰ってきた。
ただ、緋色の連中の温度は低い。
「昨日今日に着たばかりだ、我々は少しのんびりさせて貰うよ」
「ええ、ご勝手に」
◆
バイブルトの宿屋を見て回ったモーリアン卿と兵100人は、ようやく街の北端にあった宿屋で薫子と名乗る冒険者に出会うことが出来た。ただ、聞いていたのとは少し雰囲気の違う女性のようだ。
薫子は、目のやり場に困るような魅惑的でエロティックな女性だと評していた。
彼女の仲間である“影の軍団”という忍者たちがそういっていたのだから、本来、そうなのだろう。
しかし、モーリアンの目の前に現れた女性は、儚げで壊れそうなガラスみたいな女性だった。
芯などシャープペンシルのような細さに見える。
「どういうことだ?」
「いやいや、あなた方の方が...どういうこと?」
パプリカが扉を開けると、勝手に入室してきた女騎士の無礼を指摘した。
「いやあ、外で待っている兵隊さんらを見る限りは、傭兵かなーっと...」
宿屋の主人が困っています、何とかして下さい――と、訴えかけているのが特徴だ。
パプリカがモーリアンを咎める。
「彼女はどうしたのだ?」
「あ、っんーっと...魔物を孕んで、産んだって言って、これが災いをって」
「話が見えんな」
「急に振るからだよ!!」
馬屋には、騎獣のグリフォンが繋がれている。
宿屋に入っていったモーリアンの愛馬であるが、これが実に大人しい。
白熊が隣に来たときは、馬の嘶きが治まらなかったことを考えれば、馬の方が成長したのだろうか。
《ご苦労さん、どこの方々だね?》
白熊は、すまし顔のグリフォンに声を掛けた。
硬く閉じた瞼を開けると、上から白熊を見下ろしている。
《声を掛けたのは、お前か》
《馬が声を掛けたほうが、しっくり来るのか》
《いや、ごきげんよう》
グリフォンが再び瞼を閉じてしまった。
短い会話だったが、何となく当たりはつけそうだ。
軍用騎獣とは贅沢な連中だな――と、心の中でつぶやいている。
宿屋に併設された食堂には、モーリアンとパプリカ、薫子しかいない。
円卓のテーブルに珈琲の入ったカップが用意されてあった。
「掻い摘むと、赤子の鳴き声を発する蛾の化け物が...薫子殿の産み落としたモノであると?!」
「信用できないって顔にはならないんだね、あんた???」
モーリアンの表情は硬くはならなかった。無くもない回答であったことと、生れ落ちる魔物に聊か心当たりがあった。これとは逆に、パプリカは平然とするモーリアンに興味を持っている。
「種を植え付けているのは、ひとり...いや、この場合は一匹としたほうが討伐しやすいな」
「知っているのか?!」
「知らないことも無いが、我らでは相性が悪い」
「と、言うと」
「これは女を惑わし、女を孕ませる魔人の仕業だ。ニーズヘッグ卿やフレズベルグが到着しないことには、動くことも危険かもしれない。戦士、パプリカと言ったか? 生理前だろ、メスの匂いで誘われるやも知れん...余り、出歩くなよ?!」
モーリアンはパプリカに対して優しく忠告した気になっている。
が、本人にとっては『え? に、匂うの? 血ぃ? 血の匂い???』と腕や脇の匂いなどを嗅いで、不安に陥っていた。
「ほら、ちょっと来い」
彼女の前に歩み出ると、モーリアンはパプリカのお腹にあるポケット前を嗅いで見せる。
――実演だ。
「ふむ、今日中には来るからナプキンを用意するんだぞ!」
「うわぁー...」
「薫子殿は、このポーションをお勧めする」
と、差し出したのが例の赤い水剤。
まったく何の血だかを使っているのか不明だが、飲むとたちまちに傷から心の不安まで、消し去る不思議な薬だ。
当然、薫子の傷も綺麗になくなった。
が、テンションだけは帰ってこなかった。
「魔物、どこで植えつけられたのか...」
「記憶に無くても、身体は覚えてるものさ。気長に思い出していこう...うちらもさ、大事な仲間が未だ、INして戻ってきてなくてさ...変なとこに潜り込んでいなけりゃあいいんだけどな」
エサ子を心配するモーリアンが、そこにあった。




