-207話 魑魅魍魎の街 ①-
「助けてください、私...魔物の母になってしまいました――」
唐突な独白。
いや、正直に告白するというのは、唐突なことだ。
戦士は彼女の身体を拭くために取り上げた、タオルをそのままベッドの上に落としている。
切り出された話に驚いたのではない、世間を騒がせている魔物が人の腹から、産まれ落ちるという事に驚いたのだ。いや、考えてみれば、エルフと人間の間で子作りをすればハーフという中間の種族が生まれる。異種族間交流が魔物と人間で成功すれば――男は父となり、女は母となるのだろうか。
...なるのか?――戦士には疑問しか浮かばない。
自分自身の下っ腹を軽く触ってみる。
「ここに魔物の種が...入ってくる?」
女を孕ませる種族は、そこそこの種類がある。
小さい奴らだと、ゴブリンだ。
人間との大差が無いところでは、オークやオーガ、ワーウルフやワードックなどの獣人も混じってくる。
基本的には、種族の数を増やす目的で攫っている。
逆の男を攫うアマゾネスっぽい者たちもある。
これらも数を増やすのが目的なのだ。が、世間を騒がしている魔物騒動は、そのあり方が違うのだ。
「具体的に...聞いていいかな?」
改まって、崩していた膝を閉じ、ベッドの上で正座しながら彼女に問いかけた。
ようやく話せるようになった女性は、戦士の落としたタオルを指で挟んで引き寄せている。
「産み落とした魔物は?」
一寸の間をおいて、
「赤子の顔を持った芋虫でした...」
女の股から生れ落ちた生物は、正しく魔獣だった。
その成長は早く、産後でありながら母として、冒険者の勤めを果たすべく魔獣と対峙した。が、抵抗され、彼女は力尽きて死に掛けたのだという。赤子はその戦闘で“戦い方”を知った。ソレは、“対人の襲い方、食い方、棄て方”を知った。
母の肉を食らった子は、瞳から光が無くなる母の目の前で変態して“妖蛾”となったのだという。
「それ、怖いね...」
「はい」
「で、あなたは?」
このまま名を知らないというのは不便と感じていた。
もう少し回復したら、教会が運営する病院を案内しようと、考えていた矢先でもある。
「薫子といいます。助けて頂いた、その、貴方は?」
と、逆質問だ。
戦士は身体の前で拳を掌で覆いながら、
「申し送れました、“黒曜石の小剣”のパプリカと申します。見聞を得るために各地を巡っている中、あなたを見つけた次第。命が繋ぎとめられて、本当に良かった」
戦士が深々と頭を伏せている。
良く見れば、戦士は、小柄で軽装な鎧を身に着けた冒険者だ。
鎧の上に羽織っているのは、綿生地のローブ。
マントのように裾が広がっている。肩から羽織って首の辺りで数箇所ボタン穴を通して、固定するようだが、袖を通すことができる仕様のようだ。寒い場合は、襟を立ててローブ内側から裾を引っ張り込むように着る。それ以外は、外套のように袖を通して――使い分けられる優れものらしい。
なかなか洒落た着方は、この地域としては珍しい。
「黒曜石の小剣とは?」
「あ、失念。いつも、誰もが知っている名だと思って話を進めてしまう...ボクの悪い癖です」
「ご、ごめんなさい」
女性が恐縮してしまった。
パプリカと名乗った戦士は、苦笑いを浮かべたまま。
「どこから話したものですかね...ボクのクランのこと...重要かな」
黒曜石の小剣は、つい最近、ランキング界隈で騒がれ始めた噂のクランだ。
その存在は電光石火の如く。
クランのメンバーは少ないのに活動が濃いという噂がある。
「いえ、ごめんなさい。私の...柘植のクランもそれほど有名ではないの。だから、クランの話は止しましょう。ソレよりも、私の子を止めないと...他の人たちに迷惑をかけて」
「ええ、確かに。それが第一の問題ですね」
と、ふたりの会話に水が差される。
扉の向こう側から、宿屋の主人の声が聞こえた。
「お客さん、薫子さんて娘さんをご存知ですか?」
◆
帝国の軍船に乗って上陸を果たした遠征軍は、ボートから転がり落ちると様々に膝を突いて嘔吐しだした。内海だから、揺れは最小限で大したことはないという船長の言葉に騙された啼く冒険者は後を絶たない。特に“緋色の冑”などのヘタレ具合は、目も当てられなかった。
「も、もう...胃になにも...がぁええええ...」
緋色の団長、自らの嘔吐姿。
ソレに釣られて、仲間も砂浜に大量のゲロが蓄積していく。
すっかりその浜がすっぱくなっている。
「真に受けすぎなんだよ」
「ああ゜」
喧嘩を買うぞの姿勢は、彼らのスタイルなのかもしれない。
が、四つん這いの姿には、抗うだけの説得力もなかった。
「積荷の方は、こちらで運んでおこう。陣地の設営はもう少し陸地に入って...」
「いや、投入される数はコレだけだ。国境なき傭兵団らも、今回参加した人数がそれだけなら、追加募集されるまで拘束される兵数は変わらん筈だ。IN率を考えて行動したほうがいいぞ?」
酸っぱい涎を流している団長は、グワィネズ殿下だ。
ウォルフ・スノー王国の南側にある、デュイエスブルク大公国の嫡子としての方が有名な冒険者。
先の西欧戦線での功績が認められて、帝国の征討兵団に参加している。
メリットは、RANK上げに必要な素材の山分け、獲得ポイントの現物支給などだ。
他にも特定条件のアイテム配布などがある。これは所謂、記念品贈呈という代物の話。
「物資の確認をする!」
NPCの兵士が上陸用舟艇から降ろした、木箱の蓋を抉じ開けている。
中身は、殆ど武器と防具だ。
「一般の甲冑は、量産品で間違いないか?」
「量産品? 特別仕様とか...は?」
緋色の兵士がざわついている。
特別な突発事件であることだったが、補給品のはステータスに付与されるボーナスの上昇率が小さくまとめられていた。レアアイテムでも全体の2~3割アップが期待できる。一般となると、コモンかアンコモンくらいであるわけだし、ボーナス値はバラつきと、値の補正が少ないのが特徴だ。
「いや、大賢者様が用意してくださったのは、コレだけだ」
「合点がいかない。理由を伺いたい」
回復したグワィネズの刺さる台詞。
やはり俺Tueeeeをするのはアクションもあるゲームでは普通の野望だ。
当然、SSRといかなくとも、せめてSRほどの武器・防具もあればスキルが弱くても、上がった補正値でゴリゴリと力押しが出来るという話だ。いや、そういう装備をタダで用意してくれるのなら、もっと参加条件は厳しいはずだろう。
「理由かね...集団戦は、はじめてのクチか?」
兵士の顔が能面のように見えた。
「いや」
「通常、パーティ戦...まあ、レイドあたりが1パーティ単位で多くの組と戦う協力戦といったところか。これしか経験がないなら、ここでよく理解しておくことだ。集団戦では、個人のスキルは殆ど使用できない。もっと簡単に言うと、個人ステータスUPを目的とした、武技や剣技、槍技などは対象無効となる。代わりに兵種術を用いる...鼓舞や槍衾などだ...」
「それと、武具は?」
「待て、順に説明する」
兵士の表情が硬い。
完全に面倒な輩認定されている。
能面を通り越して、顔が見えない雰囲気だ。
「集団戦でのスキルも参加している兵種――取得している技術、剣士だったり斧使い、槍使い、魔法使いといったものだが、これの集団用スキルがUIで表示される。回数制限や使用条件が異なるから、使い勝手は慣れないと難しい。さて、武器の話に持っていこう...ルール上、レア(R)以降から耐久が設定されている。耐久は、使用回数の上限だと思って欲しい。回復は出来ないから、その一振りが化け物を1回召喚したもんだと割り切る必要がある...では、レア以下は? 何となく分かってきたかな...そう、耐久がない何処かで弓を受けたら、突然、壊れてなくなるなどという事がない!!」
「一流の冒険者ならば、コモン、アンコモンで十分に戦果を期待できると――判断されたということか」
傭兵団の将軍がつぶやく。
「弘法筆を選ばずといった扱いか?」
副将が続く。
「ん?」
グワィネズが眉間に皴を寄せている。
「書に通じた者にとっては、筆の良し悪しは関係ないという意味だ」
「お、おう! そ、そんなこと...分かっているさ」
馬鹿にするな――みたいな声が上がっている。
彼らは、提供される物資の吟味を終えると、近くの町までそれらを運んでいった。
本拠地は、バイブルト州北部アクラル漁港に入った。




