-1.5.6話 凱旋と...-
魔獣カルキノス・その1が倒された後、賢者はターバンを巻いた数人の人影と入り江の探索に精を出していた。カルキノスは群れで生活をして、狩はその族長自らが行うちょっと変わった習性をもっている。
ジャイアント・クラブを捕食していたのならば、彼の巣が近くにいると考えた方が道理だろうか。
さても、探索3日目にして漸くというか、いやだいぶ巧妙にだが、群れは浜辺からかなりの北にあった。
頭数は少ない――カルキノスは兵として招集された際は、オスの個体種のみだった。戦争で仲間が傷ついて倒れるという光景を目にして心変わりの末、脱走したと思っていたが――メスっぽい体の小さな個体種と、体色が緑とも茶ともいえないタイプのカルキノスのひと回り小さな種が2匹いた。
「これは、ハーフのようですね」
ターバンのひとりが図鑑を広げて個体の違いを賢者に説いている。
魔物大図鑑。
著者は、初代魔王・名前が長く舌を噛みそうな上に、なんとか2世と呼ばせてた変な人だった。
人ではないか。人間っぽい外見をしたアンデット系ロード種という一族出身で、魔法や武技よりも知識に偏ったやっぱり魔族として、ちょっとどうかな?という魔王だ。
彼の記した書籍は、カルキノス誕生秘話なんてものも記されてある。
――古種ジャイアント・クラブと、
キラー・ブラッドクラブのハーフを交配した結果――
「は?」
図鑑のページを捲り、奇跡のカルキノス種が生まれた件をみて目の前の群れをじっと観察する。
「先祖帰りしたのかな?」
「いや、脱走兵が現地の若いメスにのぼせて仕込んだだけでしょうな」
「えー、し、仕込むってー」
取り乱す賢者に、ターバンが『今のは失言でした』と訂正する。
少女であり、それらに耐性のない生物なので意識して顔を真っ赤にしてしまった。
胸元をパタパタと仰ぎ、風にあたる。
「で、この群れをどうする?」
「そうですね、王国側に深く入り込んでますから保護は、王国に任せた方が無難でしょう」
助言を受けて、賢者は執政官を通して『希少生物の保護』を王国側に通達した。
その足で、来た道を数日掛けて王都に戻ったのである。
◆
王都の冒険者ギルドでは、はじめての依頼完遂という事で大いに歓迎された。
受付案内人には『この子は、やればできる子なのよ!!』と初対面時にはない自慢話が付いていたような気がするけど、ギルドの奢りだからと歌え、呑め、騒げといわれてお祭りだった。
本当は、通りすがりのめっちゃ強い騎士ふたり組がやっちまったんだよって、吐露しても彼らは『謙遜しちゃって』と背中をばんばん叩いて聞いてもくれなかった。
賢者は、ふらっと再建された冒険者宿の外に出た。
中は未だ豪華な食事と、酒のまわりに大勢の無銭飲食者がしがみついている。
「はじめての依頼はどうでしたか?」
賢者の背中越しに声が掛けられた。
彼女は振り返りもしないで、
「冒険者というと、立ち塞がる大きな壁という印象でした」
「でも、依頼に見合う本当に力のある冒険者は、一握り。そして...」
声を掛けた人影がすっと、横に並ぶ。
「新人冒険者は、数数多生まれますが、あなたの目に適うものは本当に一握りなのです。そして、依頼の中には、本当に誰も手に負えない案件がいくつかあります。調査した結果、熟練の冒険者でも諦めるような依頼が少なくない」
「それは、海賊討伐もですか?」
横の紳士に賢者が声を掛ける。
彼も、賢者を見下ろす。
「ええ。冒険者にも得手不得手がありますからね」
肩を竦める。
「病院船で同行した兵の話によれば、賢者さまは、船上ではふらつかなかったと伺いました」
そんな、些細なとこを見ている者がいたのかと彼女は目を細めている。
「私に依頼を、ですか?」
「そうなりますね」
「具体的には何をすれば?」
この細い目をしている表情は、相手をバカにしたような精神攻撃を齎す。
彼女自身にそんな意図はないんだけど、何故か皆、怒り出すのだが。
「海上戦の経験があるとみて依頼します。どうか、海賊との決定的な勝利を勝ち取って頂きたい」
いわば、水軍を強化してほしいという事らしい。
確認されている海賊は、小舟で商船を襲う海の盗賊だ。
賢者がこの国に入った後も、暫くはそんな雰囲気だった。
「これって海賊退治じゃなくて、海賊から海戦で勝利したいってだけ?」
「はい!」
「すみません...詳しく聞かせて下さい」




