-195話 流浪の兵団 ③-
アルカギルの街に立ち寄ったエサ子一行は、驚きの好待遇で迎え入れられた。
貴族連合の所領内だから、凡そ何かしらの抵抗めいたものがあるのではと、警戒を解かない状態で立ち寄ったものだが、住民は全くその逆に接してくれたのだ。市長と対面して歓迎の意図を理解すると、槍使い(女の子)が深い溜息を吐いて、冷や汗を拭っていた。
「何だ、魔物退治か...」
聖女様として対応できないのは心苦しいと、剣士には愚痴ったものの、セイラム法国がまだ、国内に浸透していない状況で、国内のあっちこっちで法衣・法具を身に付けた女性が台頭するのは、国を興した者たちには面白くない事だろう。また、争いの火種を挙げるものでもないと、ニーズヘッグに諫められた。
「だが、たかが魔物退治として片づけるのも、変じゃないでしょうか?」
モーリアン卿は、革の手袋を指の一本一本から抜きつつ、それを掌にそって合わし腰帯に押し込んでいる。
「師匠、それは?」
「うん。考えてみれば、この辺りはウズミナ侯爵やその実弟ウズナラ騎士爵殿の狩場。ちょっと考えれば、領主殿の目が届く地域に、放置される魔獣や魔物なんて居るものかという事...」
「ああ。確かに」
「加えて、当然、隣国の州は最近まで激しい闘争を行っていた――」
エサ子の目の前にだけ、温かいスープと白いパンがある。
今まで履いていた、革のブーツを机の下で脱ぎ散らかすと、胡坐をかいて白いパンに飛びついている。
「エサ子っ」
「ん?」
「女の子なんだから、みっともない」
ニーズヘッグなどは好々爺のように微笑んでいるし、フレズベルグは目を大きな手で覆っていた。
モーリアンあたりは、槍使いと対面で何か話し込んでいる。
「別にいいよ、家族なんだし」
食べるか、喋るかの両方を器用? いや、不器用にパンくずを飛ばしながら会話している。
こういう当たりが、ガサツな性格の娘だ。
冒険者として行動していた時は、大きな先折れた魔法使いのような帽子に同色のローブを深々と着込んでいた。それが、今では幅広のスカーフで顔の半分を隠した状態の鎧姿である。
ニーズヘッグがエサ子の冑を持ち歩いている訳だが、装備品をすべて装着すれば彼女は、誰が見てもドワーフの全身甲冑と変わらない状態になる。
獲物も、巨大な両刃の大戦斧だ。
女の子で、(かわいい)妹だと認識しているのは、剣士だけだ。
好々爺のニーズヘッグにとっては、孫娘的な接し方であるものの、それは彼女との関係が長いからだ。
が、フレズベルグにとっては主人である。
忠節とともに命を賭けるのに相応しい、主人だと心酔している人物だ。
モーリアンは、超えたい壁という点以外では恐ろしい相手とも思っている。
“かわいい”というのは単に、猫を被っている仮の姿としか思っていない。
触るな危険――という存在だと槍使いに零している。
アズラエルは、兵器つながりでエサ子と何度か仕事をしている。
軍団への参加は、かつての上司命令で麾下に入っているに過ぎなかった。
だから、彼女への印象はまだよくわからない。
「で、魔物の類、当たりは付いているのかな?」
胡坐をかいた足の匂いを気にしているエサ子がある。
その仕草を掌で“ぺしっ”と、剣士が叩き落としていた。
「こら、みっともない!!」
「うーみゅー」
「もう、匂うなら...足、洗ってきなよ」
槍使いが剣士とエサ子のやり取りに、口を挟む。
彼女の場合、一刻も早く剣士の時間を独り占めしたいところだった。
「ほら、エサ子...行くか? 入るか?」
剣士が彼女の眼下に膝を屈して、仰ぎ見ている。
エサ子の口は尖がっているが――
「兄上も、一緒?」
「ふっ、全く...甘えん坊だなあ」
「ちょ、ちょちょ...な、何で剣士まで...えっ?!」
動揺する槍使いの肩をモーリアンが抑え込む。
「槍使いこそ、魔物退治を利用して修行をするのだから...どこにも行かせんぞ?」
と、釘を刺されている。
「え、ええー??」
「剣士殿、まあ、間違いなど起こされぬだろうが...ゴムだけは持参されよ。それが殿方としての心得にござる」
と、モーリアンの視線がフレズベルグに向けられた。
ふたりの間で、鋭く殺気に満ちた視線が交わされる。
「我は、ナマではやっておらん!」
「ほう、私の静止を無視したのは、お前じゃ無かったか? ん...」
「知らぬ、知らぬわっ!!」
エサ子と剣士は、着替えを背嚢から取り出すと、手を繋いで風呂場へと向かった。
ふたりの姿は暫く見ることは無かった。
◆
柘植は、配下の薫子をバイブルト州へ放っていた。
教皇の親書を州侯に届ける為だ。
薫子は、柘植半蔵が開いたクラン・影の軍団に在籍する、女忍者である。
遊女か、或いは高級娼婦のような立ち振る舞いが印象的な女性なのだが、その印象の殆どが大胆な服装が影響している。短いスカートから零れるような太腿が覗き、胸元や背中が大きく開かれたドレスを着ている。これが如何にもという雰囲気で迫ってくるのだ。
例え、同性でも先ず、目の置き場所に困るという状況を作らされる。
だからだろう、薫子の顔のイメージと言うのが判然としないのだ。
遭う人にサーチすると、第一印象は“大きな、おっぱい”という。
第二の印象では“大きく開かれた背中から腰、そしてお尻の上部まで見えるドレス”と言わせた。
こうなると、見ている人間の殆どが首から上のつくりに自信がないというのだ。
くノ一の中で特に、高度なテクニックを使っている印象もないのに、全く警戒されずに対象者の前に現れる事が出来る。
それが、薫子の特徴だった。
彼女のターゲットは、州候・シュハネ男爵の家長だ。
自治運営権を王国から勝ち得て100年余り、鉱石の利益で国庫を潤わせた老獪だ。
齢79歳という老人が未だ、家長を務めているのは、それが権力であるからだ。
息子はとうに他界し、孫かひ孫たちが家督の継承権を巡って、男爵の下へ足繫く通っている。
ただし、この男爵80もちかい年齢で側室が1ダースも存在する絶倫でもあった。
要するに、暫くは死にそうにないという男だ。
「ほう、女の臭いがすると思えば――なるほど、とうは未だか...」
柱の陰にあった薫子に気が付いて、声を掛けている。
「野性的なお爺ちゃんだこと」
「はっ、未だ未だ若いモノにも負けはせんぞ...肉が好きであれば、膝を屈して這いつくばればよい」
反り返って誘う男に、爺というラベルは似合わなかった。
生涯現役という言葉の似あう79歳が一物を握る。
「もっと嗅がせろ、メスの臭いをな――」
「...困ったお爺ちゃんだね...」
「ふ、好きな方を選ぶのは、お前の方じゃぞ...」
男爵の声なき笑みが視界に広がって見えた。




