-190話 セイラム法国建国 ①-
「やはり対象が爺では、観衆の表情もイマイチ盛り上がりに欠けるものがあるな」
南エルザン王国の初代国王となった、皇子は、シェヒルの宿老が今、正に車折の刑となって断末魔の末に絶命するのを見下ろしていた。彼の冷淡な表情に落胆が重なる。
「伯爵よ、家臣の無礼は主人の落ち度なるぞ」
「御意」
宿老は、一族のはじまりより仕えて来た騎士だ。
それでも、国王に忠誠を誓った手前、これを反故にする騎士道は存在しない。また、刑を処される前に老騎士が当主に対して『閣下、私の出過ぎた無礼をお許しください。しかし、領民が丹念に作ったものを侮辱されては、騎士として否、同じ領民として見過ごす事、敵いませんでした。故に、助命嘆願など為されませぬよう、ここに深くお願い致します。老骨の身ひとつで家名が永らく存続される...ソレこそが我が本懐。何卒、何卒...』と、言い残した。
彼の家族は伯爵の預かりとしているし、その娘に至っては養女に迎える用意もしていた。
が、新王は『何か、いや何か花が足らんな』と唐突に呟いている。
「そうか、この者には娘と嫡子がおったではないか!!」
「それだけは、ご容赦願います」
伯爵は腰に帯剣していた、長剣を鞘ごと抜き放ち、王の御前にひれ伏した。
「家臣の不祥事は、手前の不祥事にございますが...家族にまで及ぶ罪では御座いません」
「左様か? この処刑に華がないのでは盛り上がりに欠ける――それは、分かっておるのではないか?」
新王の不機嫌そう瞳が平伏している騎士に落ちている。
「しかし、それでもです! 例え、当人の妻でも当人の罪を家族にも広げるのは外法にございますれば、陛下! どうかそればかりは、ご容赦お願い申し上げます...伏して、伏して」
「伯がそう嘆願するのでは、余としても無理強いしては信任を得られにくくなる...か?」
「いえ、騎士の道に忠誠を反故にするなど滅相もありません。我が忠節は御身の前に」
新王の前にひれ伏すシェヒル伯爵という構図が、新王にとって一番必要な場面だった。これで名実ともに有力貴族を従わせているという証であり、彼の力関係を内外に示す演目となった訳だ。伯爵と彼の宿老は、そんな事にために命を差し出されたことになる。
ただし、伯爵の騎士道において理不尽な仕打ちの後先に忠誠の反故はあり得ない。
仮に新王の真意を知りえる機会が訪れても、伯爵に謀反を促す事は無理だろう。
「まあ、娘は諦めるが...妻を同刑に処す!」
「は?」
「いえ、な、何故に?!」
「聞くな、興が冷めた故、女の悲鳴が聞きたいだけだ」
「そ、それだけ...」
「うむ。勿論、若い声の方が良かったが...伯の諫言故に其処は譲ってやるといっておる」
衆目の全てが、新王に対して殺意を憶えた瞬間だ。
伯爵も内心『この王国は、長く続かないだろう』と予見したが、口には出さなかった。
腹に抱えるだけでも、不忠の徒だと自らを罰したほどだ。
「では、存分に楽しむがよい」
◆
教皇は、新市街地に足繫く通うエサ子の下に使者を送っている。
自身が秘密裡に教皇府から抜け出して、隠密という形で会っても良かった。しかし、仮にイリア伯や聖女の執政官が面会を求めてきた、急なやり取りには初動対処を損なう可能性が頭を過った。
教皇不在という時間は作りたくない。
所謂、痛くもない腹を探るという事に繋がるし、当然、マークされると動きにくくなる。
やや怪しい雰囲気の、傀儡されている教皇を演じ続ける必要があった。
「メロンパンで釣られる女だとは、思われたくないものだが?」
エサ子がフレズベルグを伴って、指定された廃墟に到着した。
使者と思しき輩の前に紙袋が置いてある。
「だが、こちらの指定通りに動かれた。ならば、報酬としてそこの紙袋を受け取られたし」
使者の雰囲気は忍のように感じられる。
忍者職は、潜入工作や諜報活動に適したスキルが多い。
しかも、こと個人戦闘においての定番スキルは、高い回避系と強力なデバフ系に纏められている。
中位階で完ストして、性能や効果は高位階に匹敵する精度を得る。
特殊性に目を向けがちだが、その育成は数ある職業の中でトップクラスに困難な域にあるという。
「ま、それだけ技の精度やセンスも必要とするから、誰にでもという訳じゃない。ボクらみたいな戦士系脳筋には到達が難しい高度な空間認知力なんかも要求される...そうだよね? 忍者って職業は」
エサ子は、ユーザーインターフェースを操作し、アイテムバックから獲物である“大戦斧”を顕現させた。
柄の長さは6尺余り、両刃のバトルアックスと呼ばれた代物だ。
柄と刃に至る金属の表面には、蔓科の植物に似た紋様が施されている。
「なかなかに勘が鋭いですね...どこかで知り合いになりましたか?」
「知り合いに似た波形を持つ者が居てね。そいつも忍者で、殴るのに難儀したんだ」
「それは、大層なご苦労を」
彼女は、斧の刃先を地面に降ろしている。
すぐさま何かをするつもりはない。
「難儀したのはそいつで、貴方じゃない...似ているだけで、ボクは縮地でおまえを捕まえるなんて造作もない!! が、要件は何だ」
紙袋まで歩を進め、中を覗き込む。
どうやら焼きたてのメロンパンのようだ。
「冷めないうちに、どうぞ」
使者も退路を確認しながら、エサ子と対峙している。
貴族連合や聖女との面談で、エサ子の武技は何となく把握してるつもりだった。諜報活動の対象に彼女の素性というのも含まれている。例えば、聖女と剣士の蜜月とそのやり取りまでを記録し、これらをネタに聖女から実権から、すべてを勝ち取る事が出来るなどだ。
ただし、エサ子の行動から何者かを理解することは出来なかった。
凶暴な(若い)粘体騎士たちを前に拳で殴り合う幼女ならば、ひとつやふたつ、何かしら痕跡があっても良かった。国境なき傭兵団に入団する、以前の足取りが全くない冒険者として、改めて分かったくらいなものだ。
「では、遠慮なく」
「そのパン、毒とか入って無いだろうな?!」
フレズベルグが問う。
エサ子の方は、口に頬張って『ふぇ?』なんて情けない声を挙げていた。
まあ、彼女に毒などという不味そうなものは効かない。
味が変なら吐き出すし、香辛料程度と同じものだと思っている節があった。
「入れる訳ないだろ...メロンパンを作ってくれたパン屋に礼を欠く! 我々も良識くらいは持ち合わせているさ」
「そうか、済まぬ」
「いや、それよりも要件」
紙袋の中にはメロンパンは3個入っていた。
その3個目に彼女は手を伸ばしている。口には、2個目の半分がまだ見えていた。
「失念...余りの喰いっぷりに呆けていた。単刀直入に言う、同盟を結ばないか?」
「え?」
「近々、法国の宣言が為される。猊下は、正式に初代法王へ就かれる可能性があるが、聖女の存在はまた、微妙だ。こちらは喉元にイリア伯があって傀儡は必定だが、あなたの姉上はどうだろう?」
「戦の旗頭としての任はあると思うけど?」
指先を舐めているので、喰い終わった感がある。
合唱し『ご馳走さま』と呟いた。
「ん?」
「気が付いたか...」
「法国軍って何て呼ばれるようになるの?」
フレズベルグにエサ子が問う。
「まあ、法軍或いは、信徒いえ、神徒軍でしょうか?」
「聖女って結局、どうなるんだろう?」
「法国の精神的なシンボルでしょうが...はて」
使者は、考え込む二人に畳みかけるように明るい部屋の中央に歩み出た。
「聖女を護るためにも、我ら教皇猊下と同盟を組んで貰えないだろうか?」




