-1.5.5話 二匹の騎士-
「眷属召喚! スライムナイト」
賢者の両脇に大剣を担いだフルプレートメイルにして、スライムヘルムの騎士が現れた。
青い瞳を光らせ、なかなか態度がデカい。
「あれ? こんな性格だったかな」
召喚した賢者の方がちょっと驚きである。
騎士らは、命令も聞かずにカルキノスに向かって走っていく。
「あー、ちょっとお待ちに」
行っちゃった後だ。
カルキノスまでの距離は数百mくらいだけど、砂浜を軽快に走ってる辺りは流石に魔物だと思う。
スライムナイトは冒険者泣かせの兵隊だ。
普通のダンジョンには居ないし、滅多に拝めないレアな種族でもあるが、彼らはそもそも王城にてその任に着く騎士である。スライムナイトの技は、中位冒険者の上に匹敵し、複数を相手にした時に真価を発揮した。
ま、王城まで攻め込まれた記録が無いので殆ど誰かの召喚によって、就寝中とか稽古中とか、食事中に無理やり戦場に放り込まれてきた。
最早、その鬱憤も相当溜まってきている。
だからカルキノスを見た瞬間に彼らの中で何かがキレたのだ。
命令を聞かずに走ったのもソレであり、カニ鍋ーって叫んでたのもカルキノスを戦慄させた一つだ。
二匹のスライムナイトは、相当の手練れだった。
交互に攻守を譲り合ってカルキノスの攻撃を躱す、はじき返す、受け流すなどの技能でカニを翻弄した。
有効的な打撃が入らないことに苛立つカルキノスは、ついつい対のハサミを振り上げてしまった。
懐はガラ空きだ――すかさず二匹の騎士は、懐に飛び込んで、間接の部位に氷撃を打ち込んだ。召喚者の氷撃ならばカニの脇腹を深く抉ったに違いないが、騎士のそれは凍り付いただけだ。
だが、その凍結にこそ二匹の狙いだった。
パキンッ
甲高く響く氷結した独特の音だ。
そこへ重いトゥーハンド・ソードの一撃が振り下ろされる。
一刀両断の達人技により、2本の腕付きハサミが宙を舞った。
賢者も唖然とする光景。
生け捕りの筈が、ハサミのない甲羅の化物が誕生した瞬間に立ち会った。
「え?! えええー!!」
「ちょー! 凍結できるなら生け捕ればいいじゃん!」
って、数百m後方で憤慨してる。
賢者が近づかないのは、砂浜を奔るとその砂が靴の中に入ってくるからだ。
いや、ちょっと前に郷の海で海水浴を楽しんでいた時に、大事な器官に砂が入って大変な目にも合っているという諸々の諸事情によって、砂には嫌悪を抱いているからだ。
スライムナイトの一匹が、凄い座った目つきで振り返る。
完全に闇に落ちている目だ。
視線が賢者に突き刺さる。
「カニ、殺さ...ない、で?」
鍋ぇーって吠えてるから、聞く耳は持ち合わせていない。
カルキノスも失った腕の代わりに、他の足で斬撃を交わしているけども分が大分悪い。
水軍で期待したタンク・ロールの魔獣カルキノスも最早ここまでか?と、思われた瞬間。
スライムナイトが吹き飛ばされた。
カルキノスが脱皮したのだ。
切り落とされた腕よりも、小ぶりだが再生力は尋常では無かった。
脱皮直後は甲殻皮は、柔らかいが、カルキノスのはやや硬い。
脱皮に要するエネルギーは膨大で、失った腕を再生させるには更に膨大なエネルギーを使用する。彼にとっては命がけの行為だった。新しく生えた腕で、スライムナイトを吹き飛ばすことに成功したが、怒髪天のナイトが放つ雷撃は、強烈な爆発を引き越した。
陸にいる賢者が尻もちを搗く程度に衝撃波が発生し、光属性と土属性に絶対的な耐性を獲得したカルキノスの自信を打ち砕くのに十分な威力。
目の下から脇腹が抉られた。
足の2本は感覚も無いし、無痛だが、ひんやりと冷たい雰囲気。
もう対のスライムナイトは戦斧でカルキノスを殴り飛ばしている。いや、もうまともに立ち上がることもできない。
「鍋ぇ...」
「あ?! カニコロ!」
「は? 鍋だろ!」
「そこのハサミ見て思わないのか!? カニコロだろ!!」
「やめましょー! 喧嘩するのはー」
賢者が声を掛けている。
二匹のスライムナイトが一層深い闇から睨んでいる。
――彼らは老眼だった。
うっすらと見えるピンクの何かがちらっちらっと見える雰囲気。
歳は取りたくはないものだと、二匹はぽつり呟く。
すっかりボロボロになった、カルキノスには戦意さえなくなってた。
そもそも攻撃を受け続けて仲間の反撃まで耐えるというのを得意としてた。
だから、自分の為に戦った経験はない。
それでもファイターの見様見真似で腕を振ったが、スライムナイトは尋常ならざる敵だった。
それだけの話だろうか。
彼はその日、賢者の武勇として王城に送られた。
召喚したスライムナイトは、カルキノスの巨大なハサミをそれぞれが担いで、光のゲートの向こうへ去っていった。




