- C 1101話 蒼がしたいこと 1 -
自称・兄の腕の中には、わりと重厚な置時計がある。
彼の半年後に生まれた妹こと蒼が腹いせに投げたものだが――「これを片手かよ?! どんだけバーサーカーなんだ、あいつは?!!」
改めて、蒼の狂犬ぶり。
いあ、狂戦士ぶりに恐怖を覚える。
さてさて。
置時計は客間に備え付けておいた調度品なので、廊下の隅にそっと置き直し。
再び襖を開けて蒼の状況確認に努めるのだけども。
「何事かああああ!!」
――危急と思って渦中に飛び込んできた宗家と、御付きの黒服たち。
この黒サングラスに、黒に統一されたビジネススーツの者たちは。
あれだ、同門の警備会社の者たちで。
陸華堂の門弟となったものの行きつく就職先は、一族が経営する警備会社へと流れ着く。
分家の嫡男であれば家を継ぎ、女は外に出て縁の橋渡しとなる決まりだが。
蒼は決まり事を無視できる立場にある。
自分で勝ち取ったものだ。
「我が一族が至高の傑作に...な、何が!!?」
見た目。
いあ、外見からすると、だ。
17歳の少女に同年の男子が今、襲い掛からんとするような構図にも見えて。
誤解だって何度も、何度も青年は告げているのに。
宗家は聞く耳を持ち合わせていなかった。
「信じると思うたか!」
「いや、だから妹には手を出さないって」
「阿呆めが、血のつながりなど無いであろうに!!!」
まあ、確かにないだろう。
青年は御三家の者で、蒼は傍流の家の者である。
宗家から見ても外堀の付近位に遠く、実力がなかったら本家の敷居だって跨げなかっただろう。
「あの奇声は尋常ではなかった」
蒼が音の出ない口笛を吹いてた。
実際には何があったのだと問われると、やや応えづらい内容だから。
さすがにVRの向こう側で、同性に告白ったとは言い難い。
同性婚や同性愛ってのは旧家には禁句、タブーである。
彼らは総じてこう、告げる――生産性がない、と。
この場合の生産性というのは、実子か否かという話で。
血統に煩い旧家にとってはこれがすべてで、大問題だというのだ。
「さて、何事だったのだ?」
とうとう、ババアが動き出す。
青年の真実よりも、だ。
至高だとか、傑作と称賛する武の結晶たる蒼は。
家の呪縛から未だ、完全に抜け出せていない。
こうやって、数か月に一度は顔を見せなくてはならないってことも。
いっそ逃げてやろうと考えたら、ドローンボットの研究開発のために缶詰めにされて――
散々な目に遭った。
それまでに親しく関係性を築いてた人々にも迷惑が掛かって。
で、大人しく言いなりになっている。
「――いえ、何も。きっと、VRのゲームで怖いことがあったんだと思います」
嘘をついた。
小さな嘘だ。
怪しまれてるけど、蒼の決断だ。
「そうかい、そうかい」