- C 1094話 蒼のこと 4 -
「シュッ」
ひとりで大立ち回るにはとてつもなく広い板間。
大粒の雫が磨き上げられた茶褐色の板の上に点々と落ちていて――
「シャアツ!!」
「セイッ!」
短くも気合の乗った声が飛ぶ。
ここ暫くは身体が温まるまで、準備運動のように“型”稽古でアップしてきて。
もうかれこれ2時間は、この短い声音が板間に響いてた。
「気合が入ってるようだけど? なんかあった」
部屋の戸口に人影。
先刻からずっと立って見守ってたけど。
なんとなく気まずいので声を掛けてみたところだ。
同門のよしみ、で。
「んにゃ」
短く返した。
けど、何かあったかは演者の動きで分かる。
キレが微妙だ。
確かに力強いし、踏み込みや突きの残身による止めのひとつ、ひとつは達人の域。
演者を知らなければ『今日も好調ですね!』と、逆鱗に触れかねないが。
「またまた~ スパーリング、手伝おうか?」
身内だからこそ見える、足捌きに戸惑いが見れた。
演者は板間の中心に立ち戻って、
「スパーリングよりも、ボットの用意を」
医療用のアバターモデルではなく、軍用の方を所望してきた。
試験用にいくつかは工場から直接搬入させたものだけど。
《憂さ晴らしに付き合ってもらうから》
◇◆◇
さて、前日に少し戻る――約16時間前のこと。
チャンバラ同好会が使ってた、旧部室の細やかな女子会だけど。
蒼 勇樹の素性当てイベントに発展してた。
まあ、結論から言うと。
蒼は旧友の千本松原嬢の頭を鷲掴みにすると、
「おほほほほほ...」
なんて気味の悪い微笑みとともに姿を消してしまった。
そう、何も教えてくれはしなかったのだ。
わたしらは、部室の中でぽつんと残されて。
「マルのせいだからね!!」
誰のせいでもないと思う。
本人からは掠った、惜しいなんて言われもした気がしたけど。
本当かどうかは答え合わせがないので、なんとも。
「天使はどう?」
『どうとは?』
天使の眼力ならば。
例えば“天使鑑定眼”とか。
『そんな都合のいいスキルは持ち合わせてません。と、いうか、鑑定スキルはありますが。例えば、そうですねえ~ この脱ぎ捨てられたように見える靴下... 鑑定すると【アイテム名:靴下】【装備者名:二葉 天心】【効果:対・冷え性+、防御+1】【嗜好:変態を惹きつける】【備考:蒼に脱がされ嗅がれたもの】と、まあ。こんな感じで...』
ちょっと待って、待って。
情報量が多いんですけど?!
『ええ、仮に蒼を鑑定しても、蒼は蒼なんですよ』
そこじゃないよ、そこじゃない!!
今、しれっと、さ。
蒼に脱がされ、嗅がれたとか。
『鑑定しただけですけどね』
ほら、部屋の奥で固まってるマルがあるじゃんよ。
「いあ、ボクは聞いてない、聞こえてないから。その好きにすすめていいよ?」
ああ、もう。