-番外編 設定集/西欧端戦線のこぼれ話-
「時に、帝国いや、皇帝陛下が持ち込まれた、あの蜘蛛のような物は一体何だったのだ?」
ウォルフ・スノー王国の王は臣下に尋ねている。
特に真横で突っ立っている、宮廷魔法使いへ投げかけているのは明白だ。
玉座から見下ろす眼下の臣下が、そういう得体の知れないものを知っている方が恐ろしい。
「何でもありません。陛下...」
「何でもない事は、兄の性格上、これ見よがしに私には見せない!! 弟でも兄にとっては――いや、いい家族の問題だ。だが、蜘蛛の攻撃力は魔王軍を驚かせるに十分だった聞く。ならば...」
王の言葉を魔法使いが遮った。
「皇帝陛下には、凄腕の諜報部隊が居ると聞き及びます。あまり詮索されるのは宜しくないのでは?」
「ふむ、お前のスタンスは理解した」
「お好きに取られて結構にございます」
魔法使いの視線は、王の靴先にあった。
そして、彼は他の臣下同様に玉座のある壇より下位の地へ下った。
「これで宜しいでしょうか?」
「ふむ、そういう態度か」
冷めた視線で一瞥すると、
「これよりは、国力を蓄えねばならん! 内政を行う――」
◆
ハルスケンプの戦いを経て、1週間。
魔王軍は、72師団の奮闘を知るや各地で息を吹き返し、前線という境界線が絶え間なく動いた。
漸く熱が冷めはじめて膠着すると、一時は滅亡寸前にまで追い込まれた、エイセル王国が底力を発揮してなんとか命数を繋ぎとめた形で終焉する。
第七軍団にすれば切り取った領地を失った形なので、面白くは無かった。
が、七席にとっては己の不徳というのを再確認する、切っ掛けとなった。
そして、再び結束を新たにする。
ノールトバイデン王城から海岸線、ナールトホラン港湾都市、エイセルローエンダム城と内陸の最大都市までが掌中にある。今は、これで満足し、長大な境界線での攻防に備える必要がある。
総督となった七席の最初の仕事は、腰を据えた領地経営にシフトチェンジした事だ。
「カルキノスの入植地候補は決まったか?」
七席が論功行賞に追われている。
こういうのは、魔王から受ける立場だったが、総督となった彼は、自ら率先して働くことにした。
勿論、細かい差配は部下の手を借りている。
「防衛も兼ねた形で、フリースラントを与える予定です」
軍師たちが書類を捲りながら、応えている。
鎧蟹カルキノスは、決して子沢山な種族ではない。強いオスが群れのリーダーとなって導き、若いオスがリーダーを支える習性以外は、哺乳動物に似た群れ単位の社会構造を持つ。
魔界から参戦した彼らの新しい入植地としては、やや手狭かも知れないがソコは今後の活躍に期待すると、七席は代表者に口頭で伝えた。
「やはり気になるのは、単騎で城郭の一部を吹き飛ばした兵器だな」
数枚の目撃談とその報告書が、七席の下に届けられていた。
全く得体の知れないものだから――巨大なクモの魔獣――なんて表現でイメージは出来るが、正体が遠のいた気がして成らない。
蜘蛛が糸を飛ばすのはよくある。
しかし、光るゲロゲロを浴びせてくるというのはイメージし難かった。
結局、何度も調書を取る必要となって末端から、煙たがれてしまったほどだ。
「報告書の限界は身をもって痛感しております」
情報部の部長は肩を落として俯いていた。
「気にするな。これ以上は、諜報活動に任せよう」
「で、は――」
「ああ、あのスライムを使うがよい」
赤いベストを着た女性の事だ。
魔狼族を率いる魔女は、城下町の宿屋にその姿が目撃されていた。
「さて、どんな結果が出るのだろうかな」
七席は楽しそうに、ほほ笑んでいた。
《登場した勢力の簡易設定》
〇西エイセル王国
エイセル王国の政府は未だ、亡命政府として帝国の領事館に存在する。
政体はなく、名前だけの状態。
首都は、アヌンヘイム(ローゼンダーク城)として、連合軍が駐屯している。
〇魔王軍 第七軍団
総督府は、ノートルバイデン王城とその城塞都市に置かれている。
膝元に71師団と半壊の72師団があり、精神的支柱として魔王軍全体に影響していた。
ハルスケンプの戦いでは敗北したが、大局的には殆ど影響しなかった。
〇魔王軍 第八軍団
北エイセル地域を掌握し、本格的に領地経営に乗り出し順調な軍団。
連合軍との小競り合いは数回、生じたものの局地的にも趨勢は決することなく不気味に存在感だけ増した。
〇黄昏の籠手/クラン
鋼鉄の重騎士という、大柄な男がリーダーを務めている。
帝国に領地を与えられている、冒険者のクランとして有名。
クラン方針で“皆、肉弾戦好き”という縛りがある。
〇貝紫色の丸盾/クラン
雷人エルネストが率いる、所謂、脳筋集団。
基本、考えるのは3人もいる副長たちになる。
狂戦士なクラン長が特徴で、時々怪しい口調からの獣化すると手が付けられない。
〇緋色の冑/クラン
メンバーがNPCという集団。
冒険者も多く参加しているが、ウォルフ・スノー王国の二重登録された珍しいタイプ。
後に出奔する隠者は、このクランの出身者だった。
〇連合軍
冒険者や英雄らが多く参加している、イベントクエスト発生装置。
特に決まった勢力でもない。
◆
《登場した簡易人物設定》
〇人狼の戦士
魔狼の父と人狼の母を出自とする、人狼の戦士。
手斧と長剣を獲物とし、高い瞬発力を駆使して戦うインファイター。
集団戦バフ・スキル:獅子の戦意
〇隠者
30歳手前の女性魔法剣士。
元聖職者から研究職の隠者に転職、魔法大辞典を駆使して魔法剣士へ成長させた。人狼の戦士と出会うと、それまでの生き方を棄てて、戦士のもとへ走ってしまった。
かつての世界でも似た女性がマルと対峙し、彼女曰く、永遠の好敵手と言わせた。
〇雷人エルネスト
雷帝と呼ばれる狂戦士。
両手剣を片手で扱う巨漢の戦士。
馬が小さく見えるほどの人物で、人語を話せるときと、話せない時がある。
ハルスケンプの戦いでは、城壁にあった殿軍とぶつかって後、撃退するも『眠たかったから、寝た!』と独白している自由人。
〇グワィネズ殿下
デュイエスブルク大公国の嫡子であり、緋色の冑を率いるクラン長でもある。
隠者とは腐れ縁だったが、彼が居ぬ間に出奔してしまい棄てられた人になる。
恋敵・人狼の戦士とは今後、常に嫌がらせの対象へとされる。
性格の悪い御仁。
〇代将代行
72師団を導いた指揮官。
種族は魔人に分類される。
代将アケロンとは、同格に達する上位悪魔――真名を明かす事は無かったけども、ステュクスといった。
いや、プロットでは、援軍で駆けつける多脚粘土戦車を手持ちの長槍ひとつで、破壊できる腕力と魔力を有していると考えていたが、止めた。あまりに唐突な出来事になる為、意味がないとも考えた。
代将代行は、このまま謎で通す。
〇紅衣の悪魔
マルの祖母も同じ通り名がある。が、彼女は祖母ではない――他人の空似であろう。
鞭と鉄扇を操る女性で、紅いレザーベストとレザーパンツを穿きこなしている。
種族はスライムロード。
〇三席 貪食
魔王軍の兵器開発を担当している大戦斧を操る少女風。
真なる姿は、アスモデウス。
番外席の兵法家に恋をしており、胃袋を掴もうと躍起になっている。
〇魔法少女 マル・コメ
薄汚れた、灰被りの農民少女として再登場。
冒険者屈指の爆発娘。フード付きローブは古着屋で、大きな「ばってん」模様のボタンが取れかかっているというのが特徴。季節的には冬物で、厚手のゴワゴワした材質。(おそらく経年劣化)
効果の切れた腕輪が、すっぱく臭くなっている事に気が付かないぼーっとした性格と、思わず股下をボリボリと掻いてしまう子だ。
忘れっぽいのは、癖であり天然。
バツが悪くなると、頭の上のアホ毛が回転するときがある。
(バツが悪いと思ったことが殆どない)
今回はトマト祭りのように、華麗かつ豪快に爆ぜちゃった。
《登場した兵器の簡単解説》
〇67式歩兵長銃
別名マスケットと呼ばれる、帝国が開発した火縄銃。
銃身が長く、重量もある大型の歩兵携行銃なのだが、1回の装填から射撃までに時間が必要なところにデメリットを感じている。取り扱いや練度に関しては、弓兵を育成するよりも金は掛かるが、時間はかからない。
平均的な命中精度は7割強であり、射程は300m前後。
長銃隊や銃士隊という、専門部隊が各国で編成されつつある。
〇魔銃/魔法長銃 アイネアス
コボルトの銃鍛冶師が製造した魔銃。
帝国や魔王軍のところで使われている、長銃とは全くの別物であるが、呼び名が一緒なのは単なる偶然。銃身は全長110cm程度しかなく、わりと軽い。
銃身の側面に魔術式紋様という古代語が刻まれており、魔力を糧として注入することで光属性魔法・光衝撃弾を打ち出す事が出来る。
因みに、魔法長銃 アイネアスは、エサ子の愛銃だ。
〇歩兵長銃 R5型/改2
魔王軍で長銃を指す武装としては、近年、生産がはじまったR5型というライフルが挙げられる。
帝国の火縄銃を参考にした模倣製造品だったが、故障動作が少なく、掃除が容易、分解手順の少なさなどの改良が光る。また、火薬を紙詰め式包装でひとつ、ひとつ小分けにした事で、装填から射撃に至る所作が短く収まっている点も、オリジナルよりも高い評価になっている。
〇73式重カノン砲 牽引式野戦砲
帝国で開発され、各地の砲兵隊が装備する一般的な、短砲身榴弾砲。
対物、対陣爆撃の使用が目的の装備。砲弾重量は64ポンド。
〇71式長砲 艦船搭載式/代表:18ポンド砲
野戦砲から改良や、研究が進んだ艦船搭載用のカノン砲。
最大口径は64ポンド砲。平均口径は18ポンド砲の生産が多い。
車輪の付いた砲台に大砲が載っているので、移動が楽な点が挙げられる。
〇魔砲/魔導大砲 ゴルゴーン
こちら側には持ち込まれてないが、参考までに。
あちら側にある艦船用に採用されている大砲。
砲口径によって威力と魔力注入量などに差異が生じる。
〇ガレオン/帝国式
キャラックから発展した船首楼を廃し、船尾楼だけ残った砲撃主体の軍艦。
小型は300トン、中型は1000トン未満、大型は最大2000トンまで存在し、高い積載性能が民生や軍生に問わず広く利用されているのが特徴。横の四角帆が多く、3本のマストには多くの多目的帆が張られる。
〇ガレオン/魔王軍式
帝国のガレオンを模倣して建造された経緯がある。
独自の発展には未だ、至っていないものの、僅か数年前までは300トンが大型という建艦技術しか無かった。搭載砲数は28門や36門など少なめであるものの、着実に海軍力が成長してきている。
〇改良ガレオン/北海の狼式
戦列艦に発展する前段階。
イメージ的には、ラ・クローン(フランスのガレオン船)号。
※チューリップ型の船体に、せりあがったクウォーターデッキが美しいライン形作っている帆船模型愛好家の中で有名かつ人気のある船をモデルにしました。作中には同型の艦艇は6隻存在し、戦列を構築して側砲斉射などの戦術を駆使できる軍艦です。
〇多脚式・粘土戦車 ウーレアー
六脚のクモガタなんあて呼ばれることがある。
主砲は、対攻城兵装のままの工場出荷当時、そのまま運用していた。
整備も兼ねる筈だったマルが逃走した為、帝国に送られても解明至らず放置された。




