-179話 魔王軍 72師団の戦い方 ①-
濃霧の中から飛び出したのは、バイコーンの騎兵部隊だ。
重装な鎧を身に付けた一群は数にして、約千騎はいた――代将代行が率いる装甲騎兵という類の部隊。
馬の後ろ脚に皮革のホルダーが巻き付けられ、レバーアクション式の最新小銃を納めている。
数も採用数も少ない、この武装は、数ある師団でも71と72だけだ。
馬上銃と呼ばれている。
「構え!」
代行が小銃をホルダーから抜くと、千騎が一斉にすれ違う陣形の中心部へ斉射していった。
この突撃が見事だったのは、紡錘陣となって“黄昏”の陣を突き抜けて行ったことだ。その場に留まり戦いを挑むのではなく、ただ単に“通過する”という1点にだけを目的とした行動だった。
恐らくその一点に絞ったからこそ、“黄昏”の臨機という一瞬を突けたのかも知れない。
◆
国境なき傭兵団は、参加した歩兵を再編し、走れるものだけで中央軍へ早い段階で動いていた。
少女然とした彼女が、人狼らと共に指揮官へ上奏した結果だ。
「やっぱり、遅かった」
少女の舌打ちが、聞こえたような気がする。
人狼たちも、突破された横陣の被害に舌を巻いた。
これは、予測よりもひどい状態だ。
濃霧のせいで、2千人の横陣は、端から端までの距離感と前方の足場を確かめながら、移動していた。
元エイセル兵で構成されているが、地元だという参加兵の方が少ない。警鐘を鳴らしながら、声も掛けて、安全を確かめながらの進軍だったのが仇になったという雰囲気だ。
魔物たちには、固有スキルが存在する。
その分、撃たれ弱いとか、気性に難があるとか様々なデメリットが存在する。
それを纏める将帥の性能は、元の指揮官譲りで伍の将に至るまで優秀だったというそれだけでも、大きなことだが。
横陣が最初に会敵したのが、ゴーレムだった訳だ。
濃霧に浮かび上がる壁に先ず、幾らも歩いていないのにもう、城壁に到達したのかと錯覚させられた。
緊張感が解かれるまでの数分まで待ってからの一蹴。
左右に腕を振るだけで、人がなぎ倒されていった。
大した抵抗も無く、ゴーレムの腕の下からコボルトの騎兵が飛び出してきた。
彼らが手にした半月鎌の二刀による攻撃は、二枚目の横陣を混乱に落とし込んだ。
結果、紡錘陣の一群は、脱落者の殆どを出すことなく中央の方陣へ突き進んでいった。
「追うべきか...」
国境なき傭兵団からの選抜兵は、100人にも満たない。
恐らく膝を屈し、土くれに変わった動かないゴーレムの数からしても、前日に城壁前で展開していた全軍で動いている。予測からして2万とか3万なんて数で構成されている筈だった。
「姫さまならば、尻に噛みついてでも――」
と、問答していると。
「戦力外の傭兵団ではないか!!」
隠者の騎兵隊が無事、到着した。
惨状を細い目を凝らして、見渡す。
「やっぱり動いたか...」
「あなたも、こうなる事を予見したのですか?!」
人狼と少女が食いついてきた。
「いや、逆の立場のボクならば、そう判断すると思っただけだ」
ふと首を傾げた。
「いや、それも違うな...どうせ北へ行くなら雷帝を蹴散らした方が手っ取り早い」
「うん、そうした方がもっと安全だ――なんで、そうしなかった?」
馬上で物思いにふける。
「ところで、あなた方の動ける兵が少ないのですか?!」
人狼の戦士を押し退けて、少女が問う。
「寄るな、男臭い匂いが染つるではないか...しっしっ」
涙目になった少女を余所に、戦士がずいっと寄る。
「このまま、手をこまねくか...或いは...」
「お前たちも獣臭いな――あの魔法少女めならば、正義感を振りかざして追い縋るのだと言いそうなものだが、まあ...ここで一つ株は上げても良さそうだろうよ、なあ?」
「ま、相乗りを赦す! 我らも忙しい身ゆえ、騎乗せよ」
超上から目線の隠者を余所に、傭兵団の100人は魔導騎兵へ相乗りしていく。
ま、もっとも傭兵団が先に行動していたことを高く評価していたから、彼女は、彼らを誘ったのだ。
「4千人をあっという間に、駆逐するとはな...」
「それよりも、さっきの」
隠者の背には戦士があった。
人狼の戦士は、辺りを見渡しながら兵士の亡骸に無言の祈りを捧げている。
「まるで、嵐のようだ...」
「ああ。城壁際で相対した時も思ったが、この部隊の得意な戦いは、野戦だな」
中央軍の中心部へ迫ると、攻城兵器の残骸などが打ち捨てられている。
だが、本隊が見当たらない。
負傷兵の姿も無く、辺りには肉塊になって横たわる元人間という死人ばかりである。
「突撃を赦した後に、ずるずると押し退けられ、防衛の表層で小競り合いに終始させられた。あれは、指揮だけではない兵質の差を感じさせられた。1列進むと、2列分押し返させられ、リカバリーされる。不意に孔だと思って飛び込むと、誘い水で傷口が逆転するとか、いやいや手強い」
「そういう評価は、しない方がいいぞ?」
背中越しに戦士は呟く。
「何故だ?」
「勝てないと、自身に暗示を掛けるようなものだ。雷帝のようにがむしゃらに突進するのもどうかとも思うが、アレはあれで、全体の士気を高める効果がある――乱戦をよく知っていると思うね」
と、告げた。
が、隠者の視線は、城壁へ向かっている貝紫色の背中に向けていた。
見えている訳ではないが――。
「そうか、なるほど!?」
「ん?」
「“黄昏”を狙ったんだ!! この戦いの先陣は、“黄昏”が着る筈だった。だが、土壇場で彼らは走り出した歩みを止めて傍観し、左翼側面から“貝紫色”が抜け駆けする形になって...」
隠者も最後まで言葉を綴らなかったが、戦士も納得したように唸った。
「一番、恐い奴を仕留めに行った訳か!!?」
中央軍の本隊は未だ、見えない。
恐ろしく後方へ、下げられていると考えた。
「黄昏が防戦に回ったということか... いや、何処まで下がったんだ?」
隠者の呟きは、背中越しに戦士の耳に届いている。
彼も思う――彼らは一体どこへ行ったのか――と。




