-177話 決戦 ハルスケンプの戦い ⑨-
光の光芒は、逆巻く雲を突き抜けていった。
圧倒的火力の前に、転移門は大爆発を起こし、発射地点から上空の曇天まで放電現象が起きている。黒い雲はかき消され、周囲に静電気の濃い電磁場がある――マルがいた農民のローブ付近は、空間断裂が起きているような凄まじい熱を感じる。
金縛りから解放された隠者の目にも、黒焦げと真っ赤な液体の痕跡、全身の毛が逆立つ異様さを肌で感じていた。
「凄まじい、魔法少女の献身的な活躍によりって、おい! 何だこれは???」
孔のあった空間に、蝙蝠の翼をもった目玉のお化けみたいな魔物があった。
精神世界から物質世界に来た事で、実体を得た魔物が邪眼+を操る悪魔になった。
「まさか...」
隠者よりも不思議そうに見上げているのが、72師団の将兵らだ。
雷帝と、タコ殴りあっている左翼の連中は、上空の“悪魔の眼”の存在を気にしていない。寧ろ、目の前の雷帝と貝紫色の歩兵や戦士と、戦うことに終始している。
最早、それどころではない雰囲気だ。
金縛りから解けたら、即、殴り合いが始まった。
ただ、中央軍と対峙する“黄昏”ととはやや心通じるものがあった。
目の前に対峙しながらも、時折、上空の目玉を睨んでいる。
そうして、距離を詰めてくる“黄昏”と申し合わせるように、“悪魔の眼”を襲撃した。
人間と魔軍との共同戦線が始まる。
右翼の状態は、三方の陣容に中で一番、酷かった。
隠者の組み分けにより、脱落者の大半が捨て石の如く、屍を野ざらしで草原を埋め尽くした。
馬上弓を片手に、騎馬を走らせていた殿下の一群は精神攻撃を食らって城壁に激突しており、今も失神や意識不明の重体となって戦線離脱している。よって、辛うじて動けているのが、隠者と魔導士隊だけなのだ。
が、この数百人が左翼の2千人以上の働きを見せて、大奮闘している。
大魔法辞典というユニークアイテムの駆使によって、彼女はマルチプレイヤー顔負けの白・黒魔法を使い分けて大活躍を披露している。
こうやって、72師団の両翼は防戦一方のまま、その日を終えた。
両軍は陣を張った位置にまで、軍を退去すると――『此度の決戦、双方にイレギュラーがあったにも関わらず、奮戦まことに結構。翌日の死合までに鋭気を養われ、ともに悔いの残らぬ戦いと致そう!』――と、互いを労う伝令兵を出して夜戦を禁じた。
要するに、古風なルールを確かめあったのだ。
戦場の興奮は、両軍ともに冷める事は無かったが、その条件に異を唱える者は少なかった。
いや、後方から誰も話を聞いてもらえなかった、戦略家らの方は『有利なうちに攻め落としてしまえばいいものを!!』と、吠えていた。
しかし、現場の指揮官でもある“黄昏”のクラン長が一蹴している。
「これは礼儀だ! 相手が正面から来るというのだ、奇策無しでというならこちらも正面から相手をする――これこそ王者の戦い!」
と、言ったものだがの実は、右翼(南側の陣)・“緋色”の騎兵隊が壁に激突していて、回収できる時間を稼ぎたかった。騎兵隊の治療を施しても、馬が死亡した扱いになっている以上、戦力は大いにダウンしてしまった。
大言壮語のグワィネズは、脱出していて、この場には居なかった。
状況の把握や、指揮の交代なども考慮して、全体をみると“黄昏”の判断が正当だったことが分かる。
◆
「右翼と左翼の盾兵は?」
代将代行の将帥が、城内に用意された部屋で手当てを受けていた。
彼の下には、義兄弟の契りを結んだ男たちが集まっている。
「右の方は、辛うじてだ。損害は軽微と、言いたいが戦死者は1100、負傷に800余りとみているが士気は、相変わらず高い...飯が残っていれば、もう少し虚勢を張れるのだがな」
苦笑して見せているのは右翼将だ。
左翼将も似たような笑みを浮かべつつ、
「こちらは、飛び込んで来た奴らのいいように掻き回されたよ。まさか将帥が先陣切って突っ込んでくるとはなあ、ああいうのを一騎当千というのかな」
「違いない...中央軍は、健在だが」
代行をふたりの副官が、挟むように見る。
「翌朝の陣形は、円陣から楔型陣と成す!」
「決戦らしく、中央への一点突破か?」
「ああ、全軍で敵中央に突っ込む。そのまま、突進して敵勢力の後方部隊を強襲する!!」
代行の見ている絵図を皆が、鼻で笑いながら納得する。
「これは、玉砕じゃなく――」
「抜けさえすれば、そのまま逃走する気か?!」
「ふ、まあ、そういう事だ。丸一日、これだけ稼げれば、閣下は安全圏へ下がられたと見てよいだろう。後は、我らの引き際というのを見せつけてやらねばなるまい」
代行が治療の終わった腕の具合を確かめながら、微笑んでいる。
「では、思う存分暴れてくれよう!」
「殿は、任せておけ!」
副官のふたりが、代行に一礼を済ませた。
彼らが率いるのは、オーク族の重歩兵隊千人余りだ。
大盾と小剣、盾の内側に短槍を仕込んだ、兵装で殿に挑む。
できれば、敵の追撃を抑え込みながら撤収できれば、御の字だが恐らくそれは無理だろう。
全滅を覚悟して任に就く。
「煉獄で会おう!」
彼らは、最後に水盃を飲み干して部屋を出た。




