- C 986話 キャンディと魔女、3 -
エサちゃんが持ち帰った“麻薬”は、そのまま八ツ橋の研究室へ。
さて、場所は変わって――畳が一面に敷かれた道場へ。
日本庭園と西洋ガーデン風味の不気味な敷地から、わずかにしか動いていなところに道場が。
宗家守護・八葉さんや、四ツ橋の警備員らが汗を流してる場所だ。
だが、換気されてて爽やかで。
いぐさの香りが鼻をくすぐっていく感じ。
「――さて。うちの婿と立ち合いたい愚か者はいるか?!」
はいぃ?!
隣に正座してるエサちゃんが、だ。
ボクのブラ紐を摘まみながらいじってくる。
いや、それは動じなければ問題なくやり過ごせるけど。
十蔵さん、今、なんて言いました?
「なんだ? おらんのか」
情けないって煽った挙句。
「婿を倒せたならば、ボーナスを考えよう!!」
だ、か、ら~ 煽らないで!!!!
◇
じゃあって人は現れなかったけど。
模擬演習みたいな組手は披露せざる得なかった。
八葉から普段はボディガードとして立ちまわる者たちが選ばれ――「大尉、お願いします」なんてコードで呼ばれたわけで。うちの組織、表ではそんなに有名じゃないんだけどなあ。
見学の座には、八ツ橋の親類縁者の皆々さまがただ。
すっごい怖い顔をして睨んでて。
お前の実力、解くと見させてもらおうって雰囲気だった。
そうじゃなかったとしても、吐きそうだし、家に帰りたい。
「じゃ、始めてくれ」
掛け声のシンプルさ。
煽ったお爺ちゃんも、このまま、はい解散なんてしたくなかったんだ。
サシの対面組手じゃなくて、多数に囲まれた際の逃走模擬。
演目としても面白いし。
大人と中学生ほどの体格差だと、素早く懐に潜り込み、他者の視界から一瞬でもいい。
消えることに注意すべきだ。
これには素早さは必要ないし、予備動作も。
ただ単に潜り込んで足を払う。
まずはひとり目。
包囲網の外に出れば、狙いやすい敵を各個撃破する。
サシの対決へ。
外野からは『そっちだ』とか『あっちだ!』、『よく狙って叩き伏せろ!!!』とか。
熱の籠った殺気めいた野次が聞こえたけど。
これはあくまでも訓練だ。
畳に転がし終えたところで演目も終了し。
ご家族から『この借りは必ず返す』という脅迫が。
「みっともない連中だ。お前たちは、未だ、儂の選んだ婿が気に食わないとみえる。いいか、この子はなエリザを守り切れるだけの胆力と知識がある。家のことは孫娘に任せられるが、こと難局に陥った時の判断は、マルになら大丈夫と思っているのだ!!」
恫喝。
くすぐったいほどの評価だけど。
相続するのは財力や不動産だけではない、エサちゃんは権力も手に入れる。
すぐに十蔵お爺ちゃんがどうかなる訳じゃないけど。
学校の敷地内に警察が踏み込んでくることがあった訳だし。
その手配が八ツ橋によるものだと知れれば、売人たちは必ず報復に出るだろう。
砂生さんからすれば、
「なら、エルザは休学に」
「なにを戯けたことを。1年、2年、もしくは転入か? それで解決する筈がないだろ。裏の世界にはあちらのローカルルールが存在する。エリザは一生、家から出られなくなるぞ」
まあ、それでもなんて砂生さんは、応えてはいたけども。
最後はエサちゃんの悲しそうな貌で折れたようだ。
その際のボクへの睨みはキツかった。