- C 955話 ブラックアウト、そして始まる 5 -
管理者に成りたかった男がいる。
募集している窓口は永遠無休に開いてるんだけど、採用人数は公開も公表もしていない。
そのシーズンは採用がゼロかもしれないし、ひとり、ふたり... ちょっと多くて複数かも。
男は応募し続けた。
この仕事を知ってからは、特に希望した部署として応募した。
だが叶わなかった。
彼の通信受けに入る通知は決まって『不採用』。
理由はない。
いや、
“誠に申し訳ありませんが、採用を見送らせていただきます”
なんだろ?
一応、書類選考はいった?
何処まで審査された?
疑問は浮かび。
消えて、
浮かんで、モヤっとした。
男は、世界の美しさを知っている。
人工的に作られた地球環境モデルのNPCとして。
AIの良き誘導者として、プログラムに貢献してた。
部下ひとりも居ない暗い個室の主人として。
肩書は主任で、給料もそこそこいい。
どこで道を違えたのか。
やる気が狂気に変わるのは一瞬だった。
そこに、彼らが接触してきたわけだ。
天地創造直後の世界は、濃厚なマナに覆われている。
そんなリソースを糧に動植物の祖が産みだされていくので――魔法小銃の基礎術式を起動させると、当然、手元が爆発する。酸素が充満した箱の中に、火種を放り込むようなことだが。
燃焼実験でやったことは無いだろうか。
寧正の右手がぐちゃぐちゃに壊れた。
彼のいた世界でなら致命的な怪我。
だが。
寄り添う天使がそっと撫でる。
痛みが無くなり手が元に戻った。
『奇跡だと崇めてくれていいぞ? 蟲ども』
天使長の言葉がはっきりと刻まれる。
苦痛は伴うけど、電子音じゃない声が聞こえた。
◆
ウナちゃんに呼び出されて、管理棟へ訪れたボクらは。
短髪、ベリーショートのヘアカットが成された、茶髪の女の子が待ってた。
部屋の中央にあって。
ボクらとは強化ガラスを隔てた違いだけのある部屋で、だ。
「何、これ? 何かの拷問??」
短髪の子を指して。
ボクとの違いについてウナちゃんに問う。
「いや、彼女の希望だよ。あの中は、クリーンルームなんだ。埃とか細菌の類がいないし、彼女の身体がこちらに適応できないから――」
知り合いにもいた。
あの子は医療ポッドから出ることも叶わない。
だから...
代わりに遠隔操作のペッ〇ー君があって。
「これはどう言う?」
聖櫃のみなさんの所在は不明だったから、参加してないけど。
エサ子とハナ姉、十恵さんはもうセットだ。
仮にボクにだけに話が通ってても、彼女三人は集まってくるだろう。
そんな関係。
『――ぶっちゃけると、後日談やなあ』
スピーカーから聞こえた声も。
ボクと大差ない。
隔たりがなければ、一緒にがっこ。
通ってたかもな隣人みたいな感覚。
『おお、そういう考えは嬉しい。あんがとね、マルちゃん... マルちゃんでいいよね?!』
名前の知らない子から、フレンドリーに扱われる。
不思議なことに。
これが悪い気が興らないというか。
なんか、心地いい。
「マルちゃんでいいよ」
『ほなな、私は乙女神や』
不思議なことだけど。
いくつもの世界を管理する子らには、とにかく才能というものがあるらしい。
それぞれに年齢差があって。
性別もバラバラなんだけど。
何故か共通する資質だけは同じだという。
そして、ボクたち。
ボクたちと彼女は非常に気が合うということで。
何をやっても、彼女の管理する世界に引き寄せられてしまう傾向があった。
『そこで、目の届きにくい世界のお掃除を、ね。マルちゃんたちに... まあ、遠回しにだけどもお願いしようって話に。でも、最初に...ぢゃないか。えっと、謝罪します。ごめんなさい、あなた方を巻き込んでリセットボタン、押しました』
唐突にシグナルが切れると、暫くは無を感じる。
こう、感覚の向こう側。
魂みたいな精神世界で、だ。
それから徐々に自分を再認識するようになる。
ざっくりした感覚で繋がってた気がしたけど。
あれは怖かった。
生理的な現象で。
稀に涙を流して、失禁してることがある。
あの真っ暗な体験があるからだ。
『精神的なトラウマがあるなら早めの受診を。乙女神とは言っても、権能で心の傷までは癒せないの。ただ、私からは祈ってあげる事しか出来なくて』
「まあ、期待はしてない。後日談を」
ドライなハナ姉も手の震えは隠せない。
エサちゃんだって似た症状があるっぽいし。
みんなトラウマを抱えた、かな。
『そう、そっか。そうだね、知りたいか... 後味は悪い方だけど』
男は管理者に成りたかった。
幾度にも渡って自分をアピールしたけど、その都度、精神異常で却下された。
世界の移り変わりを見守るのが管理者の仕事で。
天地創造なんて。
本当にただの作業でしかない。
原始的なAIを配置して、箱庭の中のAがVに恋をして結婚。
VからHとDが産まれて。
そのいずれかがゲイだったりする。
そんなAIたちの生涯を温かく見守るのが仕事なのだ。
「ちょっと待って、待って!!」
『はい? 何か』
頭の上の触覚めいた2本のアホ毛が動く。
これから物語を閉じようとしてたからなんだけど。
「神さまってのは、ベビーカメラで赤ちゃんの寝姿を見守ってる、親みたいな感覚なの?」
エサ子がらしくもない表現で問う。
エサちゃん、どうした?
欲しく、
「マルちゃんは、ハナ姉のトコでハウス!」
「はい」
『ま、ですね。何もしませんよ? その真意を詠むなら、本当に何もしません。雷鳴は自然現象ですし、落雷も、私が此処に落とそうって選んでるのではないので。天地創造以降は干渉しません...だから、彼もそういう精神構造であったならば、仮にですけど採用されたかもしれないんです。ただ、壊れてたんですよ、AIの中からソロモン王のような偉人が出る瞬間が合ったら、摘んじゃう人でしたから。また、管理エリアのリソースで自分の為の庭を造ってた人は、俗世で横領と言うのではないですか?』
っ、確かに。
それはダメだ。
『――横領は犯罪ですし、そもそもサイコパスな精神状況で“命”宿る世界を預けたい人なんて、誰も居ませんよね。見守るのが仕事であるのに干渉しちゃうような人は、まあ、論外なんですけど。で、排除されました... サイコパスも使いようって方針が見直されるようです』
社の方針か。
或いは管理者の方針か。
何れも、ボクらには。
『最後に、愉しめましたか?』
ふん。
乙女神の子供っぽい微笑みには抗えないなあ。
「楽しい時間をありがとう」