- C 930話 水上器の運用事情 特潜編 -
潜水艦が開発されたのは、帝国の魔女が書き記した――よく分からない風呂桶みたいな変な物に由る。
風呂桶というよりも棺桶?
いやもっと悪く言うと、ワイン樽みたいな形状からパドルが生えてて。
ストローみたいな管が伸びた形状の。
ただの悪戯書きである。
これを後世の人間たちは、真剣に考えちゃったんだ。
残念ながら、フィズには絵心が無かった。
そりゃ、潜水艦くらいは何となくわかってる。
ただ。
この日記帳を書いてた時は非常に強力な眠気に誘われてて。
なんとなく...たぶん、こんな感じじゃなかったかなあーってノリで。
丸い何かと大きく伸びたパドルが生えた。
よく分かんないものを書いてた。
◇
フィズとなって王室の特権で取り寄せた。
拉麺・ローデシアの御業を使って盗撮してきた、落書きを見て「ナニコレ?!」と自身の落書きを悪辣に罵ったというから、ブーメランもいいところだと思う。
さて、ナーロッパ界隈で初の実戦的な潜水艦実験が成功したのは、北欧諸部族連合・北グラスノザルツ侯国って事になってる。かつての帝国皇帝を輩出したというラインベルク家は、ハイエルフたちの棲み処に引っ込んで数世紀、表向きは隠遁生活を謳歌しているようだけど。
ある賢者によれば、だ。
かつての権勢を取り戻そうとしているとも言われている。
その証左として、神出鬼没の軍艦――多砲塔潜水艦の存在が指摘された。
この辺りは偶然みたいなところがある。
同国の性質は、陸軍国家だ。
一年の数か月しか海は氷から解放されないので、仮に各国の一般的な軍艦を建造したとしても。
分厚い氷に進路を妨げられて航海に出ることは叶わない。
運よく幾度かの訓練航海が可能になったとしても、軍艦の耐久年数はかなり短くなると考えられる。
要するに向いていないのだ。
そこで本気で研究されたのが、多砲塔潜水艦だ。
当初の目的はフリゲート程度の規模で、沿岸警備が出来るほどの火力さえあればよし。
贅沢な望みも期待も無かった。
が。
「ケーニヒスベルク伯領からいいもんが出土した!!」
伯爵領は侯国に帰属している。
マーガレットことフィズの子孫たちが相当な努力と、外交を駆使して発展させ。
彼女が成し遂げられなかった。
自治権に匹敵する辺境制を勝ち取っていた。
その伯爵領から、出土した文献――隠者マオは舟形模型と共に、イザベラの執務室に滑り込んできた。
出土品の状態もよくて、設計図も掲載されたものであるよう。
「この国の海軍力増強の切り札になる!!」
潜水艦の研究は各地で行われて1世紀ちかい。
それでも実用的には程遠く。
なにか切っ掛けでもあれば...
◆◇◇◆
幸い、侯国の工業レベルはドワーフとコボルト族たちによって支えられていた。
デミ・ミノタウロ族は力自慢の工夫たち。
民間の工廠で働いているんだけど。
そんな巨躯を持つ工夫長と、イザベラが対峙するシーン。
確かにデミとは言えミノタウロスが小柄になったとしても、2、3メートルの巨躯。
専用の椅子に座ってくれても、頭数個分の上から覗かれると肝を冷やすもんだけど。
イザベラは堂々と。
「ウイッチの子らに海を見せてやりたい」
なんて突拍子もないことを切り出す。
氷上を木馬で走りながら離陸すれば、空の上から白波が起つ荒々しい海が見える。
イザベラの言葉はちょっと理解されなかった。
「いや、そういう海じゃない。そうだなあ、こう別の表情の海だ。例えば想像でもいい、熱い日差しが照り返すキラキラと輝く海だ。防寒着を毎シーズン重ね着させられて、手足の感覚がなくなるような過酷な空の上じゃなくて、暖かで風が気持ちのいい世界を」
それが体感できる軍艦の模型が、卓上の真ん中にある。
ドワーフの親方たちも感心した遺物で。
コボルトは細工が施された“隠し”を見つけた後は、目が輝いたままになった。
「それが、これか」
手に取ってみてから驚いた。
「これはなんだ?!」
「潜水艦っていう」
「いや、何処から出たんだ!!!!」
ふふって鼻が鳴る。
得意げにイザベラが笑って「300年前の魔女工房跡地」という。
いや、正確に言うと。
そいつは、ボク。
マル・コメの工房跡地だ。
ソードフィッシュ型ゴーレム多砲塔潜水艦、なんてものでも創りたかったんだろうと思う。
出ちゃうんだねえ、そういうの。
まさかね、それが原形で水上器母艦に成るとは、思わなかったわ。