- C 920話 狂気と脅威 5 -
「街を消し飛ばした術式だが?」
防護服の術士が、そのままの恰好で応接間に通された。
脱がないのかと問われて。
脱ぎませんと答え返す。
「無礼では?!」
白服ひとりが指をさす。
その指先にゴム手袋で伸ばした指先が当たる――「この下、履いてないんで...素っ裸、見せちゃっていいんでしたら仕方ないっすね」防護服が赤くなって、モジモジ身をよじってた。
「おっと、そいつは困ったな」
寧正の笑いが響いた。
指先にちくりと痛みも感じて、白服のひとりは座りなおしている。
◇
「――術式なんて大層なものはありません。単に暴走させただけですよ」
暴走させた、何を。
馬車で運べるサイズの巨大なアレ。
積み荷で偽装しておいたけど、詳しく検分でもされたら町中に入れなくても、起爆しちゃってくださいねと申し伝えておいた“行商人”には人質があった。
愛妻ひとりに幼い子供が3人。
それぞれ1年ごとに生まれたから、店主もやることしてたってことで。
なんでそんな市民が選ばれたのか。
「まあ、抽選ってやつですね」
誰でもよかったという他人事だ。
こういう時、立場が違うものからの非難があるけど。
科学者にとっては、経過観察も大事な仕事である。
現場に赴き、データ収集につとめた。
だから観察ができなくなるような。
例えば「お前らが身代わりになればいいだろ」的な、無意味な問答に労力を割きたくない。
また、反証可能性を得るために錬金術師たちは日夜、なにかと戦っている。
何と戦ってるんだろう?
「よせよせ、話が進まなくなる。つまり、術式に関係なく――特殊砲弾に一体、何を加えたのだね」
城州王は気が付いてるけど、付き従ってきた将帥たちはまったく。
気が付いたフリだけをしている。
「精霊炉と呼ばれる、鳥籠ですね。その中に火を召喚しました。各地に残る遺物や文献、明らかに伝説めいた物語までをも幅広く検証した結果、天使に遣われたであろう“火の精霊”の名を刻んでおいたのです!!!」
教会の連中がこの場にあったならば、卒倒しているかもしれない。
そうでなくとも、錬金術師は悪魔の手先だと罵ったに違いない。
「これは狂気でしょうか?!」
防護服の錬金術師は城州王に問う。
そうだなって応じられたら、下野するくらいに忠誠心なんてない。
自分一人が逃げる分には備えはしてある。
しかし――
「キミはそう思うのかね?」
予想してた答えと違って少し面食らった。
マジックミラーになってるヘルメットのバイザー越しに、口角が上がる術士があって。
対する城州王も微笑んでいる。
白服たちは、まあ抗議ばかりしてたが。
「精霊炉の暴発による事故は最近、目にしたものだ。あれが内側から発せられたのだとすれば、火薬庫に被弾した爆弾の比ではなく、艦内の乗組員による故意の破壊工作だとしても凄まじいものではないか。我々は、今までの兵器では地上を統治する事が叶わないと思い知っている。ならば、だ...新しい技術にすがろうじゃないか!!」
演説だって思った。
術者にすれば演説でもいいと思った。
自分の研究が続けられる。
マッドだと思われていない主人に必要とされているのだ。
《心地いいねえ、何をやってもいいだなんて...特務機関以来だなあ》
彼らの優先事項は。
持ち運びできる小型精霊炉の精製である。
大型化している現状は、併設されるタービン発電機とユニット的にほぼ同じ大きさであるということ。これを無理やりに小さく作ることができるけど、呼び出したエネルギー体の安定捕縛には難航しているし、それよりも中型の装置とはいっても荷馬車で運ぶのにギリという範囲。
城州王の望みは、旅行鞄サイズだって話だ。
そこまで小さくできて、
防護服の術士が研究する爆弾とセットになるのだという。
あのガラス筒にシミになった人影の、だ。